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その時、事務所の入り口に艶のある毛並みが覗いた。戸口に現れた人物は外套の肩に積もったらしい雪を形ばかり払って、今年は初雪が早いな、と呟いた。先輩と私の上司で、国立博物館の警備課長だった。先輩は上司にお早う御座います、と挨拶すると私に、気をつけてくれたまえ、と手袋をはめた手を下ろし自分の書き物に戻った。
上司は砂色に黒い模様の毛に包まれた耳を時折左右に振りながら、長い鼻を引いて、ゆっくりと最奥の艶のある事務机に進み、机の前にある背もたれの長い椅子に深く座った。私は机の本立てに立てかけた軍隊記念式典と書いてある紙挟みを引き抜き、昨日遅くまで間違いがないか探した来賓の名簿に再度目を通した。課長は式典関係と思われる資料に目を通して呟いた。
「なぜ持ち回りで会場を提供しなければならないんだ」
仕方ないですよ、と先輩が言った。
「公爵やら保守党の長やら重鎮が集まるので、広い場所が無いんですから」
「来賓のために展示を総入れ替えしても意味はないと思うがね。街の広場は何のためにある」
「その日は聖歌隊の公演です。毎年のことだから変えられません」
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