忍び寄る影

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忍び寄る影

タヌキは元々丸っこい目を、さらに丸くしました。 「菜々枝というのは、小学生ですか。僕のクラスにも同じ名前の子がいますけど」 小学校の教師らしく、慎重に問いかけます。 「私の娘です」 女将は軽く頭を下げました。 「八尾珠希(たまき)と申します。菜々枝の母です。担任の太貫(おおぬき)先生には、いつもお世話になっております」 タヌキは額に浮き出た汗をおしぼりで拭って、「そういえば父母会は欠席されていましたな」と、呟きました。 「一つの教室に変化(へんげ)が二匹もいたら、柱神様に目をつけられるかも知れませんから」 数日前に六方が出会った少女、月野弓子は柱神という神様のお気に入りでした。 「すいません。神憑き(カミツキ)の女の子は卒業生で、もう小学校にはいないのでしょう?」 僕の疑問に、タヌキは身を震わせました。 「彼女の弟が一年生で、どういうわけか僕が担任なんですよ。月野弓子さんは、弟想いですからね。月野十郎太くんに何かあったら、いや、何か起こりそうになっただけでも大変なことになるでしょう」 六方から聞いた話にも、弓子の弟が出てきたように思いました。 「柱神様の力で、骨まで残さず炭にされてしまいますよ」 彼は酒でのどを湿らすと、炭じゃなくて灰かもですが、と付け足しました。 「それよりも太貫先生、菜々枝を守っていただく件、お引受け下さいますか」 意外にも、タヌキはすぐには首を縦に振りませんでした。 目を閉じてうつむき、腕を組んで何やら考え込んでしまったのです。 女将は体の前で手を揃え、じっと待っていました。 僕はたぬき先生の頭部を観察して、うまく人に化けるなあと思いながら、やはり返事を待っていました。 六方がぐい飲みの酒を飲み終え、箸を取り直した時のことです。 タヌキは急に顔を上げると、目の前の枡酒(ますざけ)を一息に飲みまして、「くうう」と、声を上げました。 「分かりました、八尾菜々枝さんが学校にいる間、お守りすると約束しましょう」 女将は丁重に礼を述べ、頭を下げようとしましたが、タヌキは待ったをかけました。
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