忍び寄る影

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広げた右手を前に突き出し、「女将さん、いやさぁ、菜々枝ちゃんのお母さん」と、声を上げます。 「お礼なんぞを言われちゃあ、狸のおいらがまるで、狐の味方をするように聞こえます。おいらはあくまでも教師になった化け狸、化けている間は人間だ。人間のおいらが、太貫太郎ことタヌキ先生として、生徒の身を守る。小学校教職員として、当たり前のことをするだけでござんす」 八尾菜々枝を守るが特別扱いではない、あくまで生徒の一人として対応すると言うのです。 「ようございます。タヌキ先生がそうおっしゃるなら、これ以上、御礼の言葉は申し上げません」 女将は頭を下げました。 六方が油揚げをつつきながら突然、「質問ですが」と、口を挟んできました。 「見たところ狐と狸はさほど縁がないか、あるいはかえって仲が悪いのでしょうか」 「まあ、そんなところで」 タヌキが丸めたおしぼりを、額にあてながら答えます。 女将もうなずきました。 「だからこそ女将は、あえてタヌキ先生に頭を下げた。本人が言うように、教師は頼まれずとも児童を保護するはずなのに」 六方の説明に、タヌキがうなずきました。 「しかもタヌキが一人の時に頼めばいいところを、わざわざ私たちが一緒にいる時に声を掛けて、店に呼び込んだ」 「僕たちが証人になるから、ですか? あ、それとも誰かほかに人がいれば、タヌキ先生も断りにくくなるから、とかですか」 「まあ、そう言われれば、そういった意味合いもございますが」 「旧来の確執や世間的な体裁よりも、子どもの安全が最優先、ということですね」 六方はカウンターに片肘をつき、手のひらにあごを乗せた姿勢で、女将の言葉を引き継ぎました。 「事態の深刻さがうかがえますが、女将は具体的に何を心配しているのでしょう」 「そう言われましても、正体をつかんでいる訳ではないのです」 ちょうどその時、店の奥で鈴が鳴りました。
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