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六方は猫舌のせいか、すぐには鍋に手を付けず、女将に話しかけます。
「話は聞いていましたか?」
女将が、「はい」と言うので僕が驚くと、こう返事がきました。
「だって狐ですもの、耳はいいじゃない」
「だったら話は早い。娘さんやこの辺りの子どもたちを狙っているのは何者か、ご存知ですか」
「子どもを食らう妖怪は少なくありませんが、虫を使役して他を操るとなると、滅多におりません」
女将はふと、言いよどみます。
「妖怪というより、鬼神や怨霊、悪霊の仕業に思えますな」
ネギでやけどした舌を枡酒で冷ましながら、タヌキが代わりに答えました。
「だから六方の旦那も高縄さんも、他人事だと考えない方がいいと思いますよ」
タヌキが言うには、怨霊や悪霊は地域災害のようなものだそうです。
一度暴れ出すと人も妖怪変化も巻き込んで、飲み込み、喰らい尽くしてしまうとのことでした。
「でもまだ、そうと決まった訳じゃないですよね? 実際に被害に遭ったのはイタチさんだけでしょう」
「一社さんが、すでに邪眼使いに襲われていることを忘れていませんか」
女将の推測では、六方を襲った物の怪は何者かによって操られていた恐れがある、とのことでした。
「千年も昔ならいざ知らず、今日では好んで人を襲って食う妖怪なんて、まず見かけませんから」
そう言って目尻を下げた、しわひとつない横顔を見て、僕は目をしばたたかせました。
なぜか急に、彼女は実際にそれより長く生きているのではないか、そう思えてしまったからです。
「怨霊や悪霊は、人が化けたものだ。結局、人間が一番やっかいということかな」
六方は湯豆腐を冷ましながら、感想を述べました。
「じゃあ、女将さんは僕たちに注意を促す為に、ここに呼んでくれたんですね」
「それだけではまだ、私たちがここにいる理由が見えないな」
「見えませんか、一社さん? そのきれいな目でも」
女将は目元をほころばせ、口元へ手をやりました。
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