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体中が炎で満たされているためか、みぞおちの奥に生じた変化は渦となって感じられました。
「どうした、何かあったのか」
六方が聞いてきましたが、口を開くわけにはいきません。
ちょうどその時、拳くらいの渦が喉を駆け上がって来ていたのです。
女将の言いつけもあり、僕が口を固く閉じていると、渦は向きを変え右の耳に逃れました。
渦はまるで生き物のように、出口を探し求めているようでした。
僕は激しく動揺しました。
体の中に何かがいた、この事実だけでも気が遠くなりそうです。
ズボンの膝を握って、気持ち悪さと恐怖に懸命に耐えました。
それでもつい、鼻の奥から「んー、んー」という音が漏れてしまいます。
耳の穴を押し広げられているような感覚と、耳を食い破られるのではないかという恐怖心で、僕が思わず上げた悲鳴でした。
「一社さん! 出て来ますよ」
女将の悲鳴にも似た合図とともに、耳に感じていた圧力が、「ぽん」と一気に抜けました。
同時に六方が構えていた灰皿に、何かが音を立てて落ちたのです。
ちらりと見たところでは、サナギになる直前のカブトムシの幼虫に似ていました。
女将が頭から手を離すと、僕はすぐに耳の周囲を手で触れました。
食い破られたかと恐れていた耳の穴周辺は、手探りでは特に異常がありません。
外傷もなく、血の一滴も流れていなかったので、ひどく安心しました。
六方が地面に置いた、青白い炎を上げる鉄製の灰皿の中には何かがいます。「高縄くん、見てごらん。これが君の中にいた虫だよ」
椅子から3センチばかり腰を浮かせて灰皿の底を覗き込みますと、墨のように黒い芋虫が青い炎に包まれた状態でのたうちまわっています。
「こんなのが、僕の中に……」
「君の見たがっていた『悪い虫』だ。よかったな」
僕はたしかに数日前、「イタチに憑いた悪い虫ってどんなですか? 見てみたい」と口にしました。
六方がそのことを指して言ったのか、それとも虫を体内から追い出すことが出来て良かったと言ったのか、真意はわかりません。
でも、その時の僕はどちらの意味でも「よかった」とは言えない心境でした。
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