狸の誘い

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狸の誘い

一社六方(いちやしろろっぽ)は小学校の正門から出てきた、信楽焼の狸にジャケットを着せたような男を見て、額に手を当てました。 両目に備わった「狐の窓」の力を使わずとも、その男が人間に変化した狸であると気がついたからです。 化け狸とはつい数日前、六方が悪い虫に取り憑かれたイタチの変化を、結果として助けた時に知り合いになりました。 おそらく本人にしか分からない理由で、タヌキは人間に化け、小学校の教諭をして日々の糧を得ているのでした。 六方は「悪い虫」の事件以来、夕方に小学校前の道を通るのは避けていたのですが、この日は避けられない事情がありました。 僕、つまり大学の後輩、高縄十三(たかなわじゅうぞう)が隣を歩いていたのです。 「どうかしましたか、六方さん。お知り合いの方ですかね」 30がらみの小太りな男性が、こちらに向けて手を振っているのが見えました。 「あいつだ、彼だ。おととい話した『タヌキ』だよ」 六方が一文字に結んだ唇の、細い隙間から声を絞り出しました。 変化(へんげ)を初めて見たので、僕は自分を抑えられないくらい興奮してしまいました。 「手を振ってるじゃないですか。行きましょうよ。きっと先日のお礼ですって」 六方の性格からして、出来れば二度と会いたくないし、偶然に会っても気づかないふりをしたかったのでしょう。 ちらりと見上げると、まさに苦虫を噛み潰したような顔をしていました。 「さあ早く。昔話だとこういう場合、いいもん貰えたりするじゃないすか」 僕は彼の着ている辛子色のジャケットの袖を掴むと、ずっと手を振り続けているタヌキの元へ向かいました。
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