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六方や変化たちの落ち着いた様子を見ていると、なんだか僕だけが化かされている気分になってきました。
「最悪です。なんでこんなものが出てきたんですか。それともこれ、幻ですか」
「少なくともキツネの幻術じゃないよ。私にも見えているから」
そう言えば、狐の窓の能力を持つ六方には、狐の作る幻は見えないのでした。
「じゃあ何で、青白い炎に包まれて燃えているんですか」
「それは私が狐火を耳から吹き込んだからですよ。高輪さんの体内を炎が満たしたので、苦しくなって出てきたのでしょう」
女将は口惜しそうに、「どうやら狐火では、焼け死ぬまでいかないようですけど」と付け加えました。
「しかたありません。柱神によれば、宿主が焼け死ぬくらいの火力がないと、この虫は死なないようなので」
彼の口調はまるで、研究室にいて実験の結果を検討しているかのようでした。
いつも、嫌になるほど冷静沈着なのです。
六方は鉄製の灰皿を覗き込んで尋ねました。
「この虫はどうするんです。踏み潰しますか」
女将は、とんでもない、と飛び上がりました。
「玄関が汚れてしまいます。うちは客商売ですからね、それは遠慮していただきます。もっと、いいものがありますから」
彼女は3回、手を鳴らします。
すると奥から一匹、狐が出てきました。
女将は狐がくわえていた物を受け取ると、「ご飯ものの準備をしといとくれ」と言って追い返します。
よく見れば彼女の手には、六方と僕が開発したキツネ=ノマド社製の殺虫スプレー、「魔眼光殺虫砲」が握られていました。
「これですよ。はい、しゅっしゅっ、と」
女将はスプレーのレバーを数回握って、灰皿の中にたっぷりと「邪眼の涙」由来の殺虫液を送り込みます。
液が降りかかるたびに青白い炎が一瞬だけ黄色に変わりましたが、狐火は消えることなく燃え続けました。
鉄製の灰皿は虫が暴れるせいか、音を立てて揺れています。
「高縄君、見てごらん。うちの製品はすごい効き目だよ」
「効き目があって良かったです。でもその虫はもう、見たくないっす」
僕が顔をそむけながら返事をした時、ついに灰皿から音がしなくなりました。
不思議なことに、狐火も自然と消えています。
うっすらと白い煙だけが立ち昇っておりました。
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