狸の誘い

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長身の六方は目を細めて、身長160センチそこそこのタヌキを見下ろしました。 めんどうくさい、と言わんばかりの表情です。 見た目はタヌキの方が年上なのですが、彼にとってはどうでもいいことでした。 「先日のお礼をしたいんです。軽く一杯、どうですか? 食事でもいいですから」 眉間に一筋、しわが寄りました。 タヌキと絡みたくないのが、あからさまに顔に出ています。 「いいですね。社長、打ち合わせはタヌキ先生と食事の後でもいいじゃないすか」 何か理由をつけて断られる前に、僕は先手を打ちました。 二人で食べるより、三人の方が面白そうです。 タヌキを見ていた目が僕に向けられましたが、気付かぬふりをしました。 こうして、僕と六方はタヌキと連れ立って、食事に出かけることになったのです。 「ところで、どこへ行きましょう? もしかしてタヌキ先生の行きつけの店とかって、あるんですか」 「もちろんありますよ。僕ら変化はね、お酒が大好物ですから」 僕は、なるほど、と小声で相槌を打ちました。 頭の中に、五合(ごんごう)徳利(どっくり)を持った信楽焼の狸が浮かびます。 「この世にあって、ちゃんと人間の経営している店なら、行ってもいい」 六方が呟きますと、タヌキは「ぽん」と腹を打ちました。 「まいったな。信じてくださいよ。僕は変化だけど、恩人を騙したりする外道じゃありませんからね」 「そうですよ、六方さん。タヌキ先生を疑っちゃいけませんよ。だって一度は信じて、イタチの後始末を全部任せたんでしょ。僕は行きますよ、連れてって下さい」 六方はため息をついて、首を左右に振りました。 「君は誰でも信じ過ぎる。だからいつも、知らないうちに泥沼にはまるんだ」 それでも僕がタヌキと並んで歩き出すと、文句を言わずについて来たのでした。
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