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タヌキは女将に続いて、いそいそと暖簾をくぐってしまいました。
「綺麗なおかみさんでしたね。僕、こういうお店はテレビドラマでしか見たことなくって。ちょっと気後れしちゃいますね」
店に入ろうとする僕を、六方は肘をつかんで止めました。
「何してるんですか。タヌキ先生は入っちゃいましたよ」
「君には見えてるの?」
「見えてるって……ああ。六方さんこそ、何か見えているんですか」
六方は目を丸くして、あごを引きました。
二、三回まばたきをすると、「そうか」と呟きます。
「目の前の店も、女将も、君の目に見えているってことだよね」
どうやら「狐の窓」の能力のせいで、彼はいつも見え過ぎてしまうらしいのです。
彼の目に映る景色と、僕の見ている景色が同じかどうか、それを確かめたかったようでした。
「女将に尻尾でもついてましたか」
「ついていた方がよかったかい」
六方によると、タヌキの腰に揺れている尻尾は見えても、女将にはそんなものなかったそうです。
「じゃあ、安心して飲み食いできますね」
「安心の基準をどこに置くか次第だけどね」
猜疑心の強い先輩に背を向けて、僕は暖簾をくぐりました。
店の中は暖かく、ふんわりと木の香りがしています。
ジャケットを脱いで、先にカウンター席についていたタヌキが手招きをしました。
「こっちこっち。遅いから、先に座らせてもらいましたよ。いったい、なにを話してたんですか」
「いやあ、女将さん美人だなって」
「あらやだ、お上手」
タヌキは、「六方の旦那は、疑り深いからねえ」と、口を尖らせました。
「ですよね。タヌキ先生もそう思われますか」
「高縄君、なんだか君とは気が合いそうだなあ」
「どうせ私は猜疑心の塊チックで、嫌なやつですよ」
六方の声が、背後から僕の心臓を掴みました。
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