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一日目
仕事から家に帰ると、見知らぬ若い男が部屋にいた。咄嗟に叫んだり通報したりしなかったのは、その男の体が半透明で、ふわふわと宙に浮いているからだった。
冷静に見えないフリを装ってソファに荷物を置き、熱のこもった部屋にうんざりしてクーラーをつける。
昔から、いわゆる視える体質だった。
怪談話で語られる幽霊の類。
実在しているそれらは視えるだけで、私にどうこうできる力はない。誰かに話した所で気味悪がられて信じて貰えないし、刺激させると面倒になる。だから見えないフリをしてやり過ごすのが一番害がないと、次第に学んだのだった。
男が私の目の前に立つ。
ソファに座ってテレビのリモコンをつけ、目を合わさないように鞄から取り出した携帯画面に視線を落とす。
暫く立っていた男は、スっと前進して私の体を通り抜けると、寝室の方へと消えた。
視界から外れたのを見計らって小さく溜め息を吐き出す。ああ、めんどくさい。
1LDKのこのアパートは、大学卒業後の就職で上京する為、会社の近くで借りられる物件を探して見つけた部屋だ。過去に事件が無い事や、曰く付き物件では無い事は不動産屋からこっそり教えてもらい、お墨付きだ。
引っ越して来てからこの家では視えなかったし、玄関には結界代わりに盛り塩をしているから入って来れないはずなんだが、どういう訳かあの浮遊体はうろちょろと部屋を移動している。
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