生徒会副会長ですが

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生徒会副会長ですが

 佐倉弥生が……やっちゃんが、私達の前から消えたあの時はまだ秋が始まる前だったのに、季節は移り、すっかり秋になっていた。  私、高橋理樹はこの大森中学校で生徒会役員の副会長を務めている。  今はあと二週間後に始まる文化祭の準備に大忙しだ。  正直、普段なら遠慮してもらいたいけど、今の私には忙しいことは有難かった。  やっちゃんのことを考えずに済むからだ。 「高橋、また遅くまで残る気かよ?」 「理樹ちゃん、そんな急がなくても……」 「別に迷惑はかけてないはずよ?」 「いや、まあな? 確かに、おかげで準備はこの上なくスムーズだけど……」 「そうだけど、さすがに働きすぎだよ!」  この二人は私の友人で、男子はこの学校の生徒会長であり、女子は会計をやっている。  そして、二人は付き合っている。  二人とも優しくて、面倒見が良くて、どんな人からも好かれるタイプの人間だ。  こんな私のことまで気にかけてくれて、本当にお似合いのカップルだと思う……  けど、この二人のことを見ていると、私は余計にやっちゃんのことを思い出してしまう。 「心配してくれてありがとう。今日は早く帰るようにするから、大丈夫だよ」 「……なあ、もしかして佐倉のこと」 「ちょっと! 理樹ちゃんの前で弥生ちゃんの名前は出さないで!」 「ご、ごめん……けどさ!」 「二人とも、そんなことで喧嘩はやめて。あと、やっちゃんは関係ないから」 「わ、わかった! ごめんね、理樹ちゃん!」 「待てよ、関係ないわけないだろ? あの葬式の前まで佐倉の名前が出る度に、高橋は露骨に嫌な顔ばっかりして佐倉の話題から避けまくってたじゃねえか」 「お願いだから、弥生ちゃんの話をするのはやめてってば!」 「このままでいいと思ってんのか? 俺は、高橋は佐倉のこと嫌いだと思ってた。けど、あの葬式でそれは違うってわかった。嫌いな人間のことであんなに枯れるほど泣けるわけねえし、おまけに佐倉のことを急にやっちゃんって呼び始めて、どうなってんだよ」 「……ごめん、二人とも帰って」  私の言葉で、二人はとても悲しそうな顔を残して、生徒会室を出て行った。  私に自己嫌悪が一気に襲う。  そっと目を閉じると、まぶたの裏にはあの時のやっちゃんの顔が浮かんできたのだ。  *** 「りんちゃん、あいつのこと好きでしょ?」 「は?」  中学二年の秋も終わる頃だったか、下駄箱に入れられていた手紙。  その字は忘れもしない、やっちゃんの文字。  その頃の私は、しぃちゃんとももちゃんとはまったく話さなくなっていた。  けど、やっちゃんだけは違ったのだ。  私がどんなに無視を決め込んでも、諦めずにしつこく私に話しかけて来た。  それはしぃちゃんとももちゃんに対しても同じようで、しぃちゃんが苦笑いをして立ち去る場面、ももちゃんがキツい言葉を浴びせる場面を私は何回も見た。  そんなやっちゃんから、手紙で放課後に公園に呼び出されたのだ。  あの、小学生の頃よく遊んだ、やっちゃんの鍵を必死に探した、あの公園に。  私が公園に行くと、やっちゃんは嬉しそうに走って来て、近くのベンチに並んで座った。  そして私に不意をつくように、やっちゃんは確信してるからという口調で私に問うたのだ。   「隠したって無駄だよ? 昔からりんちゃんはわかりやすいもの。ねえ、あいつ今度の生徒会選挙に立候補するらしいよ?」 「……それがどうかした」 「りんちゃんも立候補しちゃえば? 絶対に選挙当選だよ! あたし、応援するから!」 「そんな面倒なこと……」 「りんちゃんなら大丈夫! めちゃくちゃ真面目だし、成績優秀だし、先生からの信頼もあたしと違ってあるし!」 「生徒会に入る理由がわからないわ」 「まあ、聞いてよ! あいつって、無駄に人望はあるじゃん? ほぼ、生徒会長には当選すると思うのよ? そこでりんちゃんも当選すれば二人の距離が縮む展開に……」 「悪いけど、コソコソと他人の人間関係を探るような真似は今後一切やめて」  それだけ吐き捨てて、私はやっちゃんのことを振り返ることはせずに公園を出た。  *** 「あの時のやっちゃんどんな顔してたかな……ごめんね、やっちゃん……!!」  謝りたいことは数え切れないほどあるのに、その相手は世界の果てに消えてしまった。  後悔するぐらいなら、何であんなこと言うのよ……バカみたい、最低だ……  私は、何も持っていない人間だった。  勉強は普通、運動は論外、人見知りで人と上手く話せず、常に誰かの後ろに隠れてるような人間だった。  そんな私と正反対なのがやっちゃんだった。  私が欲しいものを、全て持っているようなやっちゃんのことが、ずっと憧れだった。  けど、いつしかそんなやっちゃんの隣にいることが苦しくなり、私は離れた。  そして、そんな私は勉強を必死に頑張り、先生からの信頼と、他の生徒からの羨望の眼差しを手に入れたのだ。 「けど、やっちゃんには勝てなかったな……」  私は確かに、今は友人で、生徒会長として活動している先ほどまでここにいた彼に、淡い片思いをしていた。  笑顔を見ただけでその日一日頑張れてしまうような、我ながら純粋な片思い。  けど、その片思いが一生叶うことはないことを私は知っていた。  彼は現在の彼女と付き合う前、やっちゃんのことが好きだったからだ。  ずっと見ていたから、彼が誰のことを視線で追っているのかもすぐにわかった。  結果的に私は生徒会に入ったけど、それは彼に近付きたかったからとか、やっちゃんのアドバイスを聞いたからとか、そんな単純な理由ではない。  とても、歪んだ……歪みまくった理由。  生徒会選挙には立候補枠と推薦枠があり、やっちゃんは生徒会に推薦されていた。  しかし、その推薦を自分で断っていた。  入ってみたいけど、自分には向いてないと言っていたことを風の噂で私は聞いた。  きっと、やっちゃんはいつだってみんなの中心だったから、すぐに広まったのだろう。  それが理由だ、やっちゃんがなるはずだったポジションに代わりに私が座った。  私はやっちゃんになりたかった――  これが、私が生徒会副会長という仕事を始めようと思った、とても愚かな理由だ。
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