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早く帰ってゆっくりしたい、と足早に駅に向かうと、その入口に先輩の姿が見えた。
その人は駅の横の喫煙所でタバコを吸いながら、電話している綺麗な女性を待っている様子。
オレは思わず顔を顰めた。
駅に入るにはその人の前を通らなければならない。けれど、オレはその人が苦手だ。
その人は背が高く、顔も整っていて仕事もできる。できるどころか、営業成績トップのやり手営業マンだ。その自信は満ち溢れてて、常に上から目線で、オレは正直、かなり苦手だった。
幸いオレの担当では無いので、あまり関わることもないし、同じフロアにデスクがあっても、あっちは外回りでいないことの方が多い。
だから、あまり接触する機会もないのだが、たまに話さなければならない時はオレはかなり萎縮してしまう。
あの上から目線と、絶対的自信による無意識の圧力。
何に関しても人並みの能力しか持たないオレは、その人と対峙するだけで劣等感を刺激され、その圧に萎縮してしまうのだ。
今日は確か直帰だったはずなのに、なんでこんな会社の近くにいるんだ?
早くどこかに移動してくれないかな。
少し離れた場所からその人を見ていたオレは、そこに行くまでに居なくなって欲しいと願った。けれど、女性はその人に手を合わせて謝ると、足早に駅の中に消えていった。
どうせなら一緒にいなくなってください・・・。
心の中で虚しく呟くと、覚悟を決めてその人の前を通った。
少し俯きながら会釈をして通り過ぎる、はずだった。
「高橋、このあと予定は?」
その人はオレの腕を掴むと、自分の方に引き寄せた。
「・・・お疲れ様です。藤原さん」
いつも会社で被っている猫の皮を急いで被ると、オレは定型通りの挨拶をした。そして、質問には答えず、そのまま行こうとしたけれど、なんでこんなに力が強いんだっ。
「このあとの予定はあるのか?」
腕を外せず立ち去れなかったオレに、もう一度訊いてくる。
眉間に皺を寄せて上から見られると、オレは恐怖で目を逸らせられなかった。
ヘビに睨まれたカエル・・・。
その言葉が頭をよぎる。
「しょ・・・食事の予定が・・・」
家で一人で。
「なので失礼・・・」
します、を言い終わらないうちに・・・。
「誰と?」
え?
普通はそこで、離してくれるものでは?
なのに、『誰と?』
予想していなかった切り返しに、オレは頭が真っ白になって固まった。
「いないなら付き合え」
まだ何も言ってないのに、藤原さんはオレの腕を掴んだまま歩き始めた。
「ちょ・・・ちょっと待って・・・あのっ」
あまりのことにびっくりして声を上げるも、藤原さんはそのままずんずん歩いていく。
駅の前を過ぎ、オレの行ったことのない道を進んでいく。
こっちって、行ったことないけど・・・。
半ば引きずられるように藤原さんのあとを追うと、それは突然視界に入った。
!?
それは所謂ホテル街・・・。
「・・・ちょっと、藤原さんっ」
付き合え、てどこにですか?!
慣れた風に一件のホテルに入ろうとしたところを直前で止まろうと、足を踏ん張る、のに止まれない。
だから、なんでそんなに力が強いんだっ!
「あのっあのっ・・・」
慌てすぎて口をパクパクさせるオレにはお構い無しに、慣れた手つきで部屋を取り、そのままエレベーターの中へ連れ込まれた。
このままではマズいと、何とか腕を離させようと暴れる。なのにやっぱりビクともしない。それどころか、更に腰に腕を回され、しっかりホールドされてしまった。
「・・・少しは大人しくできないのか」
恐ろしく低い声で凄まれると、オレはもう恐怖で動けない。
オレ、どうなっちゃうの?
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