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それから数週間後、美香が帰宅すると喜色満面の康介がスーツを着て美香を出迎えた。
「おい、仕事決まったぞ! 給料だって前より上がる。ほらな、妥協せずゆっくり探して正解だっただろ」
美香は思わず涙ぐみ、よかったよかったと頷く。
(これで結婚だって夢じゃなくなる)
子供好きな美香は早く結婚して子供が欲しいと常々思っていた。だが康介が無職のうちはそんなこと言えるはずもない。でもこれでようやく結婚に向けて進むはず、そう思った。
「よし、じゃあ今日はお祝いね。何かデリバリーでもしましょうか」
「お、いいねぇ。俺ちょっとワインでも買ってくるわ」
康介はそう言い美香の財布から金を抜き取ると意気揚々と出かけて行った。
(何を頼もうかしら)
最近はデリバリーできる店もずいぶん増えた。美香はサイトを見ながら康介の帰りを待つ。
(ん……やけに遅いわね)
近所のコンビニに買い物に行ったと思っていたがもっと遠くに出掛けたのだろうか。財布を確認すると支払い用に下ろしておいた三万円が消えている。
(三万円も持って……まさか)
二時間後、不機嫌そうな顔の康介がコンビニの袋を提げ戻ってきた。
「ちぇっ、あの店全然ダメだな。今日はイベントじゃなかったのかよ。最近はタバコも吸えないしよ。潰れちまえ」
どうやら美香の金を持ってパチンコに行っていたらしい。駅前にあるパチンコ店の文句をずっと言っている。失業保険をもらっている間もギャンブル三昧で美香に金を渡したことなどなかった。ここ最近は金がないからか大人しく家にいたが就職が決まりまた悪い病気が再発したようだ。
「康介、あのお金は支払い用だったのに」
美香がそう言うと康介の顔色が変わった。しまった、と思うがもう遅い。
「なんだと? お前何様だっつの。いいだろうが、就職決まったんだからよぉ。ちょっとは祝ってあげようっていう気はないのかよ、ああん?」
康介はそう言ってコンビニ袋を美香の顔目掛けて投げつける。ゴツン、という鈍い音がして袋が床に落ちた。入っていた発泡酒の缶が床を転がる。目の下をしたたかに打ち美香は思わず呻いた。
「あーあ、何か気分悪いわ。俺もう寝るから」
そう言ってスウェットに着替えるとさっさと寝てしまった。美香は保冷剤を目の下に当てぼんやりと考える。
(私が悪いんだ。そうよ、せっかく就職が決まったんだもの。いいじゃないパチンコぐらい。明日の朝謝らなきゃ)
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