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翌朝腫れ上がった美香の顔を見て康介はケラケラと笑う。もうすっかり機嫌は直っているようだ。
「お前なんだよその顔。ただでさえオバサン臭いのに余計ぶっさいくだぞ」
「ああ、うん、ごめん。化粧すれば大丈夫だから」
美香は慌ててぎこちない笑顔を浮かべる。
「ま、いいや俺今日の午後から会社行くから」
「うん、頑張って。今日のお昼代、ここに置いておくね」
こうして康介の新生活は始まった。幸い仕事は順調なようですぐに辞めてしまうこともなく次第に美香に暴力を振るうこともなくなっていく。
(自分に自信がついてきたのかな。よかった)
だが美香をお母さんのように扱うのは変わりなかった。それでもそれは自分に気を許しているのだと美香は自分に言い聞かせる。そして就職して半年程経った頃、美香の母親が倒れた。
「私、しばらく実家に戻るから」
「おう、わかった」
美香の実家は新幹線で三時間程の遠方にある。当初は一週間有給休暇を取り様子を見て戻る予定だったのだが、容態が思わしくなく結局その後も半年程毎週末実家に戻ることになってしまった。
「ごめんね、康介。週末一人にさせちゃって」
謝る美香に康介は鷹揚に頷く。
「いいって、いいって。しっかり看病してやんなよ。家族は大切にしねぇとな、うん」
美香は彼の言葉が嬉しかった。
(家族……。康介も結婚を意識してくれてるのかしら)
そう考えると自然と顔がほころぶ。
「あら美香ちゃん、何かいいことあったの?」
病室で母が首を傾げる。
「ん? 内緒」
「まぁ、何かいい話かしら」
「うーん、そのうち報告するよ」
「楽しみにしてるわね」
そんな会話を交わした数日後、ようやく母の退院が決まった。
(これでゆっくり康介と過ごすことができる)
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