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 森に明るい陽射しが射し込むある日、フキは野いちごのつるを抱えて寝床を目指していました。  おとなりさんが作った寝床を真似て、ふたりで作ったものです。いびつで不安定な寝床はきっと長くは保たないでしょう。  けれど、それで良いとフキは思っていました。おとなりさんが老いてフキを残していくより前に壊れてしまえば、悲しくなることもないと思っていました。 「フキ!」  木立のあいだに声が響きました。おとなりさんの声です。親を呼ぶ子狐の叫びのようなするどさを持った声に、フキはあわてておとなりさんの元へ向かいます。 「フキ!」  ちいさな背中がしゃがみこんでいるのを見つけて、フキはどきりとしました。すっかり忘れていましたが、ひとは弱い生き物です。放っておくだけで死ぬのです。 「子どもが倒れてるの!」  元気に叫ぶおとなりさんの姿にほっとしかけたフキでしたが、おとなりさんの前に横たわる子どもに気がついて、安心が吹き飛びました。 「ひとの子。息はあるのか?」 「生きてるわ。でも、ずいぶん弱ってる。病気かしら……」  おとなりさんが袖をまくると、子どもの痩せた腕が見えました。かさついたその腕には、点々と赤黒い斑点が。 「触れるな!」  フキはおとなりさんの手を引いて、子どもから引き離しました。大きく見開かれたおとなりさんの目に見つめられて、つかんでいた手をはなします。 「その斑点は、触れたところから広がる。ひと同士、そうやって倒れていくのを見たことがある」 「伝染病なのね。治療法はないのかしら……」  おとなりさんは難しい顔で子どもを見つめています。フキの言ったことを信じてくれたらしく、近寄りはしませんが離れもしません。 「あなた、平気なの?」 「死にはしない」  事実、フキは遠い昔にこの病に触れ、全身がただれたことがありました。フキの命は永遠ですが、その身は生き物と変わりありません。ただ、病に侵され苦しんだとしても命が絶えないので、ふたたびその身が回復するまで永らえることができるのです。 「だったら、この子の看病をお願いできる? 額に濡らした布を乗せたり、くちに水を含ませたりするのよ」  久方ぶりのおとなりさんからの頼みごとでした。出会ったころ、今よりまだちいさかったおとなりさんはしばしばフキに頼みごとをしてきたものですが、いくらか大きくなってからは頼みごともめっきり減っていたのです。 「引き受けよう」 「それから、もし目を覚ましたらその野いちごを食べさせてあげて」  言うだけ言っておとなりさんはずんずん歩きはじめました。 「おとなりさんはどこへ?」  フキがたずねると、おとなりさんはぴたりと足を止めました。 「町よ。医者を探してくる。それから、その子を運べるひとを呼んでくるの」  振り向かないままに答えたおとなりさんの声はひどくこわばっています。細い肩もかすかに震えています。  フキはおとなりさんが森にやってきたときのことを思い出しました。 「おとなりさんは、ひとが怖いのではないか?」  大きく震えた身体が答えでした。おとなりさんは何も言いませんでしたが、ちいさな子どもがひとりきりで森の奥深くに来たのにはやはり理由があったのです。 「……いいえ、あたしがひとを怖がるんじゃない。ひとがあたしを怖がるのよ」  振り向いたおとなりさんは笑っていました。 「だって、あたしは魔女だもの」  そう言ったおとなりさんの顔を見て、フキは胸がつぶれるかと思いました。  おとなりさんは笑っていました。けれどそれはすこしも楽しそうではない笑顔でした。それを見たフキもまた、悲しくなってしまうような顔です。  誰かが死んでしまうこと以外にも悲しいことがあるのだと、フキは知りました。
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