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少しの哀れみ
テツは恐るおそるメイドに事情を打ち明ける。昨日の帰り道に小川のほとりで老人と出会い、二枚のキャンバスをもらった、と。
一枚は描いたものを現実に存在させる黄色味の強いキャンバス。もう一枚は現実に存在するものを写しとる白味の強いキャンバス。一度使えば元に戻すことは二度と出来ない。
この二枚をうまく使いこなせば画家として成功するだろう。さあ、お前さんならどう使う? 老人はテツにそう問うた。
「ということは……」
メイドは床に伏せた格好のままのキャンバスをひっくり返す。そこには見事なナギの姿。たった今までナギの抱えていた怒りや憤りを写しとり、同時にナギがずっと抱える鬱屈や寂しさをも含んだ姿。キャンバスの中のナギの姿、それは見事な肖像画だ。
テツ自身もその肖像画を見て息を飲む。今までテツの描いたどんな肖像画もかなわないくらいの迫真性と写実性を備えている。その上、ナギという人間の抱える美しさと醜さまでのすべてを感じさせる肖像画だ。
自分もここまでの絵がいつか描ければ……。そんな思いさえテツの胸に迫る。
「これはまさにお嬢さまそのものの姿と言ってもいいくらいの肖像画ですねえ……」
メイドは白味の強いキャンバスに描かれたナギの姿を見つめる。ほっと安堵した表情の中に、少しの哀れみが入り混じっていた。
部屋の中では二羽のインコが歌うようにさえずりながら飛び交っている。鳥籠の軛から解き放たれた自由を喜ぶように。
「でも、本当にこれで良かったんだろうか?」
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