しぶしぶ約束を

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しぶしぶ約束を

「すみません、自己紹介がまだでしたね。申し遅れましたが、私は……」  金持ちの女性はナギと名乗った。この村の外れに屋敷がある。普段はそこに住んでいるが、街へ出るときにはこうしてメイドとともに車で出かけているのだと言った。 「そこで、あなたにお頼みしたいことがありまして」 「頼みたいことですか?」 「ええ。実はあなたに私の肖像画を書いてほしいんです。今日、ここであなたの絵をじっくりと拝見して、この人なら間違いないと」 「肖像画ですか……。申し出はありがたいんですが、実はあまり肖像画の方を描いたことはなくて。風景画や静物画なら得意なんですがねえ。肖像画ならわたしよりもっと上手な人がいますから、そちらをご紹介くらいはできますが……」  テツはやんわりと断るつもりでそう言った。今まさにここで描いているのは、あるコンクール向けの作品だ。今はそれを描かなきゃいけない。入賞を目指して。  テツのそんな言葉に、ナギはきっぱりと告げる。 「もちろん、お礼の方もご用意いたします」  予想外の大金を提示され、テツはしぶしぶナギの肖像画を描く約束をしてしまう。
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