肖像画のひとつなど

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肖像画のひとつなど

「なるほどねえ。いつか留学をと思って絵を描き続けてるのね」  椅子に座ったまま身動きをしないよう努めるナギが言った。 「はい。いつかは留学したいと思っているんです。大きなコンクールに入賞すれば少しは有名になるだろうし、賞金も足しになると。でも、現実はアルバイトの合間に絵を描く生活で」  翌日からテツはさっそく屋敷に赴いて、ナギの肖像画を描きはじめた。ナギは夜明けの空のようになめらかな生地を使った豪華な衣装と、夜空で瞬く星のように輝きを放つアクセサリーに身を包む。そんな女性のかたわらには、高価なインコの入った高価な鳥籠。  テツはナギのそんな身なりに、そっとため息をつく。 「あの指につけた高価な指輪の宝石のひとつでもあれば、貧乏な生活から抜け出して留学に行けるのに……」  それでも仕事は仕事だ。ナギは平凡な容姿をしている。特別に美しいわけではないが、ことさらに欠点があるわけでもない。ただ、画家として肖像画を描きたくなる容姿かと問われれば、そうではない、素材としてはいささか平凡すぎるというのが正直なところだ。  けれど、美醜というものは見た目だけで決まるのではない。普段は内側に隠されていて、ちょっとした仕草や表情、あるいは言葉使いを通じて、内面からじわりと滲み出る人間性も美しさだ。だから、自分の仕事はその内面性を引き出してキャンバスの上に描くことだ。  テツは自分にそう言い聞かせ、キャンバスに絵筆を動かし続けた。テツにかかれば肖像画のひとつなど一週間もあれば容易く仕上がる。
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