不満と落胆を押し隠し

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不満と落胆を押し隠し

「たしかに素晴らしい出来だと思う。本物の私よりもずっと美しく描かれているし、それでいてたしかに私だとわかる肖像画ね」  そう言いながらも、ナギは明らかに満足していない。高価な鳥籠のインコも心なしか不満そうに鳴く。耳障りで不快な声で。少なくともテツにはそう聞こえた。  テツとしては過不足なく描けた肖像画だと自信を持っていたものだ。ナギの容姿上の欠点をなるべく抑制し、そして数少ない美点をエレガントに印象付け、それでいて本人との同一性も維持した。  それに加え、ナギの言葉や仕草から滲み出るものも表現したつもりだ。亡父の遺産を引き継いだが、継母とは不仲だったこと、唯一の信頼できる存在は身のまわりの世話をするメイドであること、芸術関係の勉強をしたかったが、継母の猛反対で諦めたこと。継母が亡くなった今、芸術の道を選ばなかった過去を後悔してること。 「ねえ、もう一度描いてもらうことはできます?」  ナギの言葉に、テツはどう返事をすればいいのか戸惑う。描き上げたばかりの肖像画は芸術性という面でも、そして自分がこれまで描いてきた作品と比べても、けっして引けを取らない出来上がりだ。 「もちろん、お礼は弾みますから」  その言葉に負け、テツはもう一度、ナギの依頼を引き受ける。テツは不満と落胆を押し隠しながら、再び一週間かけて二枚目の肖像画を描き上げる。それでもナギは出来上がりに納得しない。そしてまた少なくないお金にテツは負け、三枚目の肖像画に取りかかる。
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