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そりゃあ剣呑だ
「明日にでも肖像画は出来上がるだろう。けど、また出来上がりに納得しないかもしれない。なんでなんだ! 悪くはない出来なのに」
帰り道、夕暮れの色に染まる小川のほとりでテツはため息をつく。ナギの肖像画ばかりで、コンクール用の絵はまったく進んでいない。
「お困りのようじゃの」
途方に暮れるテツに誰かが声をかけた。テツは声の方へ振り返る。頭の髪のほとんどが失われ、顔や首や手はシワだらけの老人がいた。
「あんた、いつもここで絵を描いてた画家じゃな? 最近、見かけなかったから、おおかた絵が完成したんだろうと思ってたんじゃが」
「いいえ、話はまったく逆なんです」
テツは困り果てた表情でそうこたえる。
「ほほう。それはどういったわけじゃな?」
「えー。それはですね……」
テツはこんなじいさんに話してもしょうがないと思いつつも、自分の胸の中にため込んだ鬱屈した思いを吐き出したい衝動に突き動かされる。けっきょくテツは老人にここ二週間の出来事を洗いざらい話してしまう。
「ああ、あの金持ちの娘の肖像画を描いてるのか。そりゃあ剣呑だ」
「肖像画を描くのが、そんなに危ない話なんですか?」
老人はテツの言葉にうなずく。
「あの娘は幼い頃に母親を亡くし、父は継母を迎えたのは知ってるな? この継母は娘を理想の娘に育てようと、それは厳しいしつけを繰り返したそうじゃ。ある意味ではそれは継母の言うがままに従うという支配にほかならなかった。娘は自分の殻に閉じこもった」
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