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話くらいは聞いても損はない
「なんだかかわいそうな話ですね」
「本当にかわいそうなのはここからじゃ。娘は継母のように周囲の人間に自分の理想を押しつけるようになった。そういうことでしか他人と関係を結べなくなってしまったんじゃな。つまりは周囲の人間を支配することに喜びを覚える、という人間に成長したんじゃよ」
「支配、ということは……」
テツはひとつの結論に思い至り、息を飲む。
「そうじゃ。あんたもまた、あの娘に支配されつつある」
「なら、また肖像画を描けと言われれば、今度はきっぱり断ります」
「話がそう簡単にすむと思うか?」
テツは無言のまま力なく首を振る。太陽が一段と傾き、夕闇が濃さを増した。老人のはげ上がった頭やしわだらけの顔を染める夕闇の色も。
「わしはあんたの才能を認めてるんだ。あんたならいつかそれなりに名を馳せる画家になるだろう、そう見込んでるんだ。そこでお困りのあんたを助けてやろうと思って声をかけたんだ」
老人はにやりと笑う。
「褒めていただいてありがたいとは思いますが、ちょっと待ってください。わたしは別にあなたの助けなど求めてはいませんよ」
ここでうっかりあやしげな老人の助けにすがってしまえば、また厄介なことに巻き込まれてしまいかねない。ナギの二の舞だけはごめんだ。
「そう警戒するのも無理はない。一度、この小川のほとりであの娘の依頼を引き受けたばかりに、自分の絵が描けなくなって困ってるんだろう? それにわしの話を聞いてどうするかはお前さん自身が決めることだ。話くらいは聞いても損はないだろう?」
「……。まあ、そうですね」
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