2032年12月

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2032年12月

 テレビではマフラーを巻いた天気予報士の女性が笑顔で今日の最高気温を伝えていた。  今日も寒いらしい。窓の外を見れば雪も微かに舞っている。    男が暖房のスイッチを入れ、温かい緑茶の入った湯呑みを持って薄い座布団に座ったところでニュースは次の話題へと移った。  最近持ちきりになっている、日本人最年少ノーベル賞受賞者の話題だ。  独占取材に成功した番組のキャスターが興奮気味に受賞者の男性にマイクを向けている。 『この度はノーベル賞受賞おめでとうございます』 『ありがとうございます』  その声を聞いて、男の湯呑みを持つ手に力が入った。 『今回の研究では遺伝子配列の組み替えによって寒さに強い細胞『CS細胞』を生み出すことに成功したそうですが、具体的に私たちにはどのように関わってくるのでしょうか』 『はい。CS細胞を体内に取り入れることで、例えば凍傷のリスクを軽減できますし、霜焼けになることはほとんど無くなります』  テレビの中の彼は聞き取りやすい声で説明を続ける。 『またこのCS細胞は自身で発熱することができるんです。体温と外気温の差が大きい場合に発熱して、体表面温度を上昇させることで体内の温度を一定に保持します。そうすることで私たちは寒さを感じにくくなります』 『それは今日のような寒い日も過ごしやすくなるということですか?』 『はい、そういうことです』 『すごいですね』  キャスターは感嘆の声を上げて、彼は微笑んだ。  それから趣味や好きな食べ物の質問を交えつつ、終始穏やかな雰囲気でインタビューは進んでいく。  そして『最後になりますが』と前置きしてキャスターは言った。 『どうしてこういった研究を始めようと思ったのですか?』  マイクを彼に向ける。  彼は一呼吸置いて、口を開く。   『寒さが無くなればいいなと思ったんです』  やわらかく微笑む彼はカメラを見た。 『冬にみんなが快適に花火を見られるようにしたくて』  その言葉を聞いた男は、テレビの前で声を上げて笑った。 「……おまえはほんとバカだなあ」    男はすっかり温くなった緑茶を一口啜る。  インタビューを終えた彼は小さくお辞儀をした。  窓に一片の雪がぶつかり、雫となってガラスを滑る。    男の頬に伝う涙と同じ速度で。   (了)
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