あの星が見たい

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  ☆  私達の世界は、侵略者たちに襲撃された。  その日、私は先生を手伝って、他の生徒が帰路につき終えた頃に、夕焼け色に染まる校舎を出た。  玄関口で軽く伸びをしながら、数分前を思い出す。  階段を降りようとしたとき、丁度反対の通路から、段ボールをいくつも重ねて抱えた先生が歩いてきていた。フラフラと危なっかしく動いていて、今にも転びそうな足取り。チラチラと荷物越しに見える顔は階段の方を注視しており、荷物に隠れているのか、私には気付いていない様子だった。  だから私は、先生の死角にい続けられるよう、少しずつ位置を調整しながら、その場をやり過ごそうとした。重い荷物を持つ手伝いなんて、したくなかった。  でも、先生がバランスをとり直そうと身体をゆすり、荷物を抱え直した時、その視線が一瞬こちらに気付いたような気がして、 ――あ、先生! すごい荷物ですね……よかったら半分持ちますよ!  即座に心にもない言葉を放った自分を思い返して、心の底で嘲笑する。関わる気なんてさらさらなかったのに、気付かれそうになった途端、仮面を被る変わり身の早さときたら。 ――ありがとう、春木さん。春木さんはとても優しいのね、おかげで先生助かっちゃった  職員室まで運び終えたのち、聞き飽きた言葉に、「いえいえ、このくらい何時でも呼んでください!」なんて心にもない言葉を放った自分に、また心の底で呆れて見せる。人の顔色をうかがう自分も愚かなら、そんな私に気付かないこの先生も大概だ、と。  感慨もなく伸びをして、校庭へと視線を映す。部活も一通り終わり、人気のなくなった校庭。  否、人影は一つだけある。亜子だった。校庭の真ん中で、何かを見つめている。なんだろう? 気になって近づいてみる。少し、心臓がどきどきした。 「亜子ちゃん?」  自分には珍しく、少し緊張した声色で呼びかける。向こうは向こうで、いきなり名前を呼ばれたことに驚いたのか、ビクンと肩を震わせて振り返った。 「あぁ……えっと……」 「春木だよ、春木照。なにしてるの? 部活……じゃないよね?」  彼女が率先してどこかの部活に参加するとは思えなかった。亜子は返事の代わりにチラリと自分の後ろを見て、そっと体をどかした。亜子に隠れていた場所には、 「え……なにこれ」  深々と、一本の剣が突き刺さっていた。  鍔の真ん中に、赤い宝石のようなものが装飾されただけの、シンプルな剣。けれど地面からわずかに飛び出している刃は、きらきらと光っていて、簡素な装飾も相俟って、むしろ全体的に、なんだか神々しい雰囲気を放っていた。 「さっき見たら、刺さってて……」  亜子は「どうしよう?」とこちらを見た。私がいなければ、あるいは見なかったことにして帰るつもりだったのかもしれない。さっきの私のように。そうだとしたら、話しかけたのは悪いことをした。とはいえ、尋ねられた以上、放っておけば、なんて普段の私として言うわけにも行かず、 「とりあえず、先生に言った方がいいと思うよ。職員室にまだ一人いるはずだから、一緒に行く?」 「私らしい提案」に、亜子も特に異論はないらしく、私と共にその場を離れようとした。  この機会に何か話でもしてみたい。そう思いながら、剣から目を離し、数秒歩いた時だった。校庭の奥、桜並木のある場所が、突然激しく光り、地面が震えた。 「きゃあ!」  二人してその場に蹲る。地震? 雷? いや、どれも違う。私がこれまで見たことがあったそれらとは、全く違う音と光と衝撃だった。  次いで、ガシャガシャガシャと、重たい金属が擦れるような音が、いくつも聞こえてきた。塞いでいた耳と目をそっと開けると、桜並木は無残になぎ倒されていて、そこには、私の知らない何かがいた。  槍のような長物を携えた、鎧のようなものに身を包んだ人の上半身が、蜘蛛のような下半身と八脚に支えられている、ワゴン車のような大きさの何か。それが、まるで兵隊のように隊列を組んで、ずらりと並んでいた。 「……何……?」  か細い亜子の言葉に、私は返事を返せない。まさしく何? だ。あれはなんだ。私達の目の前にある、漫画やアニメから飛び出したようなアイツらは、一体なんだ。  まもなく、連中は歩み出した。一歩ずつ、踏みしめるように、確かめるように、細く、長く、大きな八本脚を、校庭の砂に突き刺すようにして。  逃げなくちゃ。そう思っているのに、身体は動こうとしない。腰が抜け、呆けたように力が入らない。悲鳴の一つだって上げられなかった。両腕が、何かに縋ろうとするように宙をさまよう。 「春木さん!」  亜子の声にも、身体をゆすり、引っ張ろうとする手にも応答が出来ない。逃げなくちゃ、逃げなくちゃ。頭の中でそれが只グルグルと何度も繰り返される。半分ほど近づいてきた化け物は、手に持っていた長槍もどきを振るい、その先端をこちらへ勢いよく突き出してくる。  亜子と私は、それを目にしても、その場から動くこともできず……。  直後、光が、長槍と連中を一気に跳ね飛ばした。まるで暴風に巻き込まれた洗濯物のように軽々と飛ばされる化け物たち。光は、状況に追いつけず思考が固まっている私たちの目の前から……あの深々と突き刺さっていた剣から放たれていた。 ――私をとりなさい  声が聞こえる。亜子の方を見るが、自分じゃない、と言いたげに首を横に振る。 ――私をとりなさい。そして想いなさい、貴女達の大事な人たちを。救いたい人たちを  それは、剣から聞こえてくる音声だった。剣が喋った、というより、まるでアナウンスのような、無機質な案内音。手に取る? これを? まさしく漫画の世界だ。ここまでくるといっそ笑えて来る。  校庭の隅にまで追いやられた怪物達は、ゆっくりと立ち上がってくる。私と亜子は、また顔を見合わせた。どうする? と。どちらかが動けば、どちらかはそれに従って動くだろう。決めるのは、私か彼女。  数瞬の後、動いたのは亜子の方だった。華奢な両手が剣を掴み、引っ張れば、深々と刺さっていたそれは、いともあっさりと引き抜かれる。刀身の放つ光は、化け物たちをひるませた。 ――想って、救いたい人たちを。そして剣を振るいなさい  聞こえてくる声に応えるままに剣を振りかぶる亜子。だが、 「あぁ……!」  その重さは相当だったらしく、震える脚をもつれさせた彼女は、そのまま剣に引っ張られるようにして転んでしまった。か細い声で悲鳴を上げ、けれどそれでも亜子は、もう一度剣を持ち直そうとする。私はその姿にようやく我に返った。そして考えるより先に亜子の隣につき、剣をしっかりと掴む。亜子の手は、私の手の上から被せるように重なった。  顔を見合わせ、言葉も無く、ただ頷く。二人の力でようやく剣を改めて持ち上げて、化け物たちを睨みつける。  そして支え合うようにして踏み込みながら、私が支える剣を、亜子の腕が勢いよく振り下ろして―――。
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