あの星が見たい

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  ☆ 「待って、まって亜子ちゃん……歩くの早い…っ」 「あっ、ごめん……」  線路の上で情けない声を出した私に、少し先を歩いていた亜子が慌てて近寄って、手にしていたペットボトルを渡してくれる。 「都心の方に行こうと思うの」  昼食を食べ終え、日向ぼっこをひとしきり楽しんだ後、亜子はそんなことを言い出した。曰く、もっと中心にいけば、人も多いはずだから、ひょっとしたら誰かいるはずだ、と。この町の様子はここから見て何となく察せられたし、反対する理由もなかった。  堂々と車道の中心を歩く私達。今までいい子を演じていた身にとっては、なんだか新鮮で楽しい気持ちだ。良く晴れた空を見渡しながら、そのまま周囲の景色にも意識を向ける。散歩日和な陽気だけれど、私達以外に、外をゆく人影はない。  車はあちこちにあるが、そのどれもが無人で、道路に放り出されている。カーテンの開いている家を覗き込んでみるが、やはり人の気配はどこにも感じられなかった。本当は窓を蹴破ってでも中の様子を確認してみたかったけれど、本屋で盗みを働くことにすら躊躇いを感じていた亜子の前でやるのは憚られた。  そして地図を見直してみて、ふと思ったのだ。「電車は真っ直ぐ都心に向かっているのだから、線路の上を直接歩くのが一番早いんじゃないか」と。  そんなバカなことを考えた私を殴ってやりたい。ゴルフボール大の砂利の塊と、意識して脚を持ち上げなければ越えられない高さの枕木や線路の群れが、運動も碌にしない女の子二人を歩かせることを想定しているわけがなかったのだ。  疲労の溜まった身体には、背負っていた剣の重さも深刻になりつつある。亜子も平気そうな顔をしているけれど、実際はかなり疲れているはずで、二人の視線は、様子を伺うように、チラチラとお互いを見やる。その心は「そろそろ休もう」か「ここを歩くのは止めにしよう」だ。  けれど、亜子は相手の提案を否定するようなことは言わないし、先導しようとするタイプでもない。  私も私で、自分で言い出したことを、自分が疲れたから、なんて理由でここまで来て今更撤回する勇気はなく、亜子が疲れてそうだから、というのも、まるで責任を押し付けているようで言い出せなかった。そもそも線路の両端はコンクリートの塀で囲まれていて、梯子の一つもないので、結局次の駅に辿り着くまで、他の道などありはしないのだ。  お互い疲労困憊な顔をちらりと見合わせたら、ジュースで喉を潤して、またとぼとぼと歩き出す。次の駅に着いたら、そこで電車の真似事は終わりにしよう。地図は私が持っている。ここからなら道路を歩いたほうが早い、とでも言い訳すればいい。そう心に決めて、顔から必死に疲労を消そうとする。これ以上、亜子に失望されたくはなかった。  特定の誰かに、そんな明確な感情を抱いたのは、初めての事かもしれない。
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