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☆
別に、明るい性格なわけじゃない。
誰かと一緒に遊びたいと思ったこともなければ、人が笑っているのを見ていて楽しく思えたこともない。物心ついた頃にはわかっていたのだ。私は、私一人で完結した世界に生きるタイプなのだと。
けれど春木照なんて、めでたい名前だね。なんて言われることがあまりに多くて、両親までそれを狙って付けた、なんて言ってきたから。そう期待されているのだと平然と言われてから、私は、そうせざるを得なくなってしまった。
喜ぶ顔が見たいわけでもないのに、期待を裏切る事への恐怖心は、生意気に持ち合わせていた。小学校の時から積極的に周りに話しかけるようにし、いつだって朗らかに笑い、悲しい時も、苛立った時も、常に笑顔が印象に残るように努めた。
いつもニコニコ笑顔の、楽しいことしか考えてなさそうな、明るく優しい春木照ちゃん。
中学に入る頃には、それは私の身体にすっかり馴染み、意識せずとも明るい子でいられるようになったけれど、陽気な私を心の奥で見つめている別の私は、決して消えることはなかった。そして心の中から放たれる冷めた視線は、バカみたいに人のいい外面を重ねる私と、その外面に満足し、奥底を見抜けてもいない私以外の人達の両方に向けられていて、言葉や態度とは裏腹に、明確な一線を作り上げていっていた。
そしてそんな私は、いつも空を見上げるのだ。照、なんて名前を思い出す太陽の出た昼間ではなく、街の灯りに押し負けて殆ど見えなくなっている星空……その中に輝く私の十二星座を。
あぁ、私は照らす側ではない。より強い灯りに照らされ、自分が見えなくなっている、あの星たちと同じなんだ、と、遠い空にある射手座の姿を、呆れと自嘲を含めて見つめるのだ。
「……さん、春木さんっ」
「はぇ? あ、うん、何……?」
意識の外から聞こえた声に、間の抜けた声を出す。そこで私は、自分がいつのまにか立ち止まって、へたり込んでいたことに気付いた。その間にかなり先を行っていた亜子が、声をかけながら戻ってくる。
「ご、ごめん! すぐに行くから」
「ううん、大丈夫。春木さん、やっぱりここを歩くのは止めましょう。作業員用の進入口があったから、あそこから外に出られると思う」
亜子が指さした先には、開けっぱなしになっている関係者用ドアがある。あ、うん。と、返事が少し沈んだものになった。彼女の見かねたような物言いに、申し訳なさを感じる。
呆れられたのだろうか。最悪だ、これではまるで私らしくない。普段の私なら、人に気を遣わせるようなことにはならないはずなのに。いっそ亜子が「自分が休みたいから」という理由で言い出してくれていたなら、まだ気が楽なのに。疲弊した心は、そんな勝手な弱音まで吐き始めている。
「ごめんね」
「はぇ?」
ドアをくぐり、線路横に伸びていた道路に足を付けた時、唐突に、亜子が口を開いた。その意味が分からずに間抜けな声を返すと、
「その剣、ずっと春木さんに持って貰ってる。地図だって……なのに私ったら、勝手にどんどん歩いたりして……」
「そんな! 気にしなくていいってば、私こそごめんね、あんなところ、やっぱり人が歩く場所じゃなかったんだよ」
「ん……」
亜子が黙り込み、会話が途切れる。流れに乗る事ばかりを考える私は、雰囲気そのものを脱し、変える術を持ってはいなかった。鴉の鳴き声が、どこからか聞こえてくる。この世界には、人間以外の動物は普通にいるのだろうかと、現実逃避のように場違いなことを考える。
「……日が暮れちゃう」
亜子が呟くように言って、私も同意してまた歩き出す。
地図も、剣も、結局私が手に持ったまま。けどそれでいいと思ったし、亜子はさっきと違って、私に歩調とペースを合わせてくれている。それだけで十分嬉しかった。
「……春木さん、星の事詳しいんだっけ」
「……あ、うん、まぁ」
自己紹介の時、確か私はそう言った。
「今度教えて。星座とか……私、全然知らないから。私十月生まれなの。さそり座だっけ……どこにあるか、知りたいな」
亜子の申し出には、曖昧な返事で済ませる。嬉しさの中によぎる不安は、考えないようにした。
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