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☆
外灯すらつかなくなった夜道を、スマホの明かり一つで歩くのは危険と判断して、夜空から目を背けるように、私達は近くにあった民家で夜を明かすことにした。
鍵は、何故か掛かっていなかった。この剣を振り下ろし、光が世界を包み込んでから、目にするのはこんな景色ばかりだ。
当然家の中も電気は通っておらず、互いに手を繋ぎながら、手探りで寝室を探り当て、一人用のベッドの上に身を寄せ合って、制服姿のまま毛布にくるまる。手軽に充電も出来ないスマホは、節約のためにすぐに消した。どうせ灯り以外の役割は果たせない。
光一つない世界。あるいは満天の星空に感動することもあったのかもしれないが、カーテンを固く閉じたので、それもわからない。二人の息遣いだけが妙に鮮明に聞こえる。
否、正確には、耳をすませば、どこか遠くから、何かの動物の鳴き声が響いていた。毛布を頭まで被せて、非日常な音を遮断する。同じ毛布なので亜子も一緒に被ることになったが、それを咎めはしなかった。
「今日、どこまで進んだの?」
「えっと、地図だと、この住宅街が私たちの町の端っこだったから……半分くらいかな」
「嘘……あんなに歩いたのに」
「ねー……電車だと本当にあっという間なんだね」
常に地図と照らし合わせていた私と違って、言われるがままに歩いていた亜子にとっては、ショックは特に大きかったらしく、がっくりと肩を落とすのが雰囲気でも伝わる。けどパチン、と、亜子が自身の頬を軽く叩く音がした。めげてない、ということだ。
「明日は、何か見つかるといいね」
「そだね、ご飯もだけど……着替えも欲しいし、駅前のデパートには、日が暮れるまでには着くはずだから、そこで一杯お買い物しよ?」
「お金もないのに?」
そう言って、亜子が笑った気がした。それは今までのように気配がしたというより、私がそうあって欲しい、と望んでいるだけかもしれない。元々笑っているところは見たことがなかったけれど、剣を振るったあの時から、さらに追い詰められたような顔しか見せなくなっていたから。せめて彼女には、心の底から笑って欲しいと。
太陽とも電気とも違う白い光が晴れた時、私達は大きなクレーターの中心にいて、群がろうとしていた化け物は、影も形も無くなっていた。
それはまさしくテレビの中の事のようで、しばらく私たちは、その場にへたり込んだまま動くことが出来ず、十分ほどしてようやく、手近な大人に、クレーターのことをまず伝えよう、と立ち上がった。
この時の私たちは、まだ心に余裕があった。見知らぬ敵を排除出来た安堵。退屈していた日常から抜け出せた高揚。何よりそれらを共有できる相手がいる心強さが、校舎に戻り職員室や教室を覗いても、まだいるはずの教師の姿がなく、警察を呼ぼうとしてスマホが通じなくなっていることに気付いても、まだ気丈さを保たせてくれた。
交番へ行こうと、二人で学校を出たところで、うっすらと感じていた違和感は、明確な形となって私たちに襲い掛かった。
車が走ってない。走ってない、というのはまさしくその通りで、学校前の大通りには車自体たくさんあるのだが、そのどれもがエンジンが切れた状態で、道路の上に整然と並んでいる。中に、人はいなかった。
交番も、お店も同じ。いくら探しても人の姿はおろか気配もない。亜子は、小さく身体を震わせていた。
それから亜子は、ずっとずっと謝っている。もういない人たちに、そして残ってしまった私に。
自分がその剣を振るったから、皆消えてしまったんだ、と。
「『救いたい人たちのことを想え』って言っていたでしょう? 私、あの時無我夢中で、近くにいた春木さんの事しか考えてなかった……そんな私が剣を振ったから、化け物だけじゃなく、春木さん以外の皆がいなくなっちゃったんだわ……!」
歩いていける距離だった亜子の家にもやはり誰もいなかった時、そう言って彼女は持っていた剣を叩きつけるように投げ捨て、蹲り、激しく泣き出してしまった。彼女が「慰めて欲しい」のだと気づいた私は、普段の明るさで、貴女のせいじゃない、あんな言われ方して、誰も分かりっこない。そばで背中を撫でながら、優しく、宥めるように、彼女を慰め続けた。
泣き疲れて眠った彼女を布団に寝かせた時、カーテン越しの明かりに、私は希望を見出した。けど外を見ても、街は暗闇に沈んでいる。明かりの正体は、月と星だったのか。私は星本来の明るさに驚きながら、空を見上げた。
その日の夜が明けて、剣は私が持つようにした。
強く投げつけたショックのせいか、剣はうんともすんとも、何も言わなくなっていた。
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