あの星が見たい

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  ☆  あの夜の夢に目を覚ます。慣れない見知らぬ家のベッドは私の身体を軋ませて、とてもいい寝覚めとは言い難い。カーテンの隙間から差し込む明かりに目を細め、身体のコリを無理矢理ほぐすように首を回し……亜子と、剣がなくなっていることに気付いて、直後に夢の内容がフラッシュバックし、青ざめた。  ベッドのそばに靴を置きっぱなしにしていたことも忘れて飛び降り、高まる心音と、荒くなる息を抑えながら、裸足のまま急いで玄関の扉を開ける。 「あぁ、春木さん……起きた?」  庭で、亜子は剣を掴んで振り回していた。素人がバットを振るうようなおぼつかなさだったけれど、それでも私よりもしっかりと持てている。亜子の方が力があるようだ。 「亜子ちゃん……大丈夫?」 「ん……やっぱり、そうなんだなって」  心臓が、更に高鳴った。 「何、が?」 「春木さん、すごく重そうにこの剣を持ってたから。私にも重いけど、振り回せないことはないし……やっぱり、あの時剣を振るったのは私なんだな、って」 「ぁ……。……亜子ちゃん、あの」 「それ、私も真似していい? 私も、春木さんのこと、名前で呼びたいな」  私は多分、背筋を凍らせた。何故、今、そんなことを言うのだ、と。 「昨日の夜、ずっと考えてたの。私、ここに来てから落ち込んでばかりで、貴女に迷惑ばかりかけてる。なのに、春木さん、そんなこと気にもしないで、明るく笑ってくれて、慰めてくれて……本当に、嬉しかった」  違う、そうするのが一番、貴女に嫌われないと思ったからだ。 「だから、私も、少しは応えなきゃって。これからは、私がこの剣を持つわ。昨夜も、春木さんすごく疲れてたみたいで、すぐに寝ちゃったみたいだし……少しでも、役に立ちたいの」  違う、その剣を背負い続けたのは、貴女に渡したくなかったからだ。 「私、今まで周りの事、全然見えてなかった。自分の事ばかり考えてて、外面だけ合わせればいいやって……でも、それじゃあだめなんだって、貴女に教えてもらったの。私のことを、ずっとずっと気にかけてくれてる貴女に、私、本当に救われた」  違う、私も亜子と同じだ。ただ亜子と違って、自分を貫くことすらできなかったというだけだ。  なぜそんなことを言う?私が友達になりたいと願った、あの自己紹介の時の彼女は、私と同じく世界を俯瞰して見ていた彼女は、そんなことは言わないはずなのに。 「それで……ね? 勿論、春木さんさえよければ、だけど……もっと、貴女がしてきた苦労を、分かち合いたい……私と、お友達になってくれるかしら?」  違う、違う違う。私の中にあるのは苦労などではない。  ずっと考えていた。否、気付いてそれから避けていた。何故この世界から人は消えたのか、ではなく、何故この世界に、動物は残っているのかを。  私以外の誰の事も思わなかった彼女の願いが叶うのなら、人間だけでなく、動物だっていなくなっているはずなのに。  それは、私が願ったからだ。あの剣を振るったのは亜子の力かもしれないが、「剣の柄を直接握っていた」のは私だ。そしてその時に想っていたのだ。「亜子と友達になりたい」、と。そして、「亜子は花や動物が大好きだった」と。  そうだ、あの剣は武器などではない。多分、あれは転移装置なのだ。持ち手が振るう際に心に浮かべたものだけを、地球に似せた別の星へと飛ばす、緊急避難装置。  だから、亜子の言葉は全て違うのだ。剣を持たせなかったのは、本来の使い道に気付かれるのが怖かったからだ。唯一無二の親友になれるはずだった貴女に、そんなことで嫌われたくなかったからだ。  なのに何故、何故、貴女はそんなことを言うのだ。  目の前にいる浅木亜子は、もう私の知る彼女ではない。私と同じ目線だったはずの彼女は、私と違う価値観に目覚めてしまった。私が貴女と友達になりたかったのは、貴女なら私の気持ちがわかるはずと思ったからなのに。浅木亜子は私と同じ、周囲に照らされるがままに光る星だと思っていたからなのに。  嗚呼、でも、 「……だめ、かしら?」  不安げな声を出す彼女に、出かかった言葉が引っ込んでいく。  けれど、誰にも嫌われたくないという思いが。彼女の望む答えを言ってやらねばという習性が、私の唇を別の形に変えていく。 「……勿論よ、亜子ちゃん……っ、これからもよろしくね……!」  私の声は、うれし泣きを堪えているように聞こえただろうか。亜子は感極まったように、剣を放り捨て、私に抱き着いてくる。望んだことなのに、まるで心は躍らない。高鳴る心音の正体は、決して喜びと興奮などではない。 「ありがとう……照ちゃん……」  嬉しそうに囁く亜子の声に、何も答えられずに空を見やる。私たちの地球は、どうなっているのだろうか。ひょっとしたら、あの侵略者たちは無事に撃退することが出来たのではないか。けどだとしても、今の私達には、元の星に帰る手段はない。剣は沈黙してしまい、もう何も応えてはくれない。壊れたのか、それともそもそも一回きりの使い捨てなのか、それさえ分からない。  見上げた目は、自身への嫌悪で涙を浮かべる。地球から見上げるのと何ら変わらぬ、明るい星が照らす昼の空。けど夜になれば、そこに広がる満天の星は、私の知る夜空とはかけ離れた姿を見せた。そこにはさそり座も、射手座もありはしない。あるのは私の知らない星空。私の知らない光。  もう、この星に、私と思いを同じくしてくれる者は、私以外、だれもいないのだ。  ごめんなさい、ごめんなさい。  私へ向けた謝罪の声が心の底から聞こえてくる。その度に私は、気にしないで、どうにかなるよ。そう自分を慰めるのだけれど、声はか細くなりはすれど、決して消えることはなかった。
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