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『大自然が消えた日。地球滅亡の前兆?』
――島田誠さん(仮名、七十一歳)、美和子さん(仮名、六十六歳)夫妻は、目の前で起きた出来事を未だに信じられないと語る。
四月二十日当時、○○県××市、千早区にある萩山で山登りを行っていた両名は、休憩のために山道中腹にある東屋に腰掛け、お茶を飲みながら、蕾を付け始めた木々の様子を穏やかに眺めていた。
「どれも明日には開花してもおかしくない頃合いで、来週辺りにもう一度見に行こう、と二人で話していたんです」(誠)
しかし、その願いが叶うことはなかった。次の瞬間、二人の目の前で、視界いっぱいに広がっていた森林が、一瞬のうちに消滅したのである。夫婦は何が起きたのかまるで理解できず、しばらく禿山と化したその場所で呆けていたそうだ。
「あっという間でした。瞬きをする間もなかったというか……。急になくなったんです。音もなく」(美和子)
全ての木々が失われたわけではない。萩山は夫婦がいた南側の根元から、頂上付近までのおよそ40%ほどの自然が、緩やかな楕円形に削り取られたように消失していた。そしてそこにいたと思われる小動物や虫の類も、全て跡形もなく消え失せていたという。
一方、同時刻に、上倉町にある金沢動物園でも異変が起きていた。やはり一瞬のうちに、飼育していた動物が全て消え失せたのだという。動物園を経営している園長、金沢幸隆さん(五十八歳)は、警察と相談する間もなく、次いで現れた侵略者の影に追い立てられるように、廃墟同然となった動物園を後にしたという。乗馬体験なども行っていて、特徴的な鬣から人気を博していた「サブロー」もいなくなったことを、惜しむ声は多い。
これらと同様の事件は、千早区上倉町と、その隣で萩山を有する三坂街の二つを跨ぐようにして発生している。事件の中心地は、上倉町にある上倉高校の校庭。そこから直径100キロ近くに及ぶ巨大な円形の中にあった、人間を除くすべての生命体が消失していたのだ。
上倉高校と言えば、いうまでもなく「侵略者たち」が降り立った場所であり、これらの事件との関連性は、到底無視できるものではないだろう。彼らが地球侵略の一手として、生命体のサンプルとして持ち帰った、という仮説さえ、全く無視できるものではない。
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――四月二四日刊行、週刊リーダーズより一部抜粋――
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『侵略者、堕つ。政府は対象の殲滅を発表』
――○○県××市、千早区上倉町。決して大きくはないが、公園や動物園を始めとした公共娯楽施設を数多く有し、子供達の遊び場には事欠かないとされていた地域。だが幼子の笑い声が響くべきそこについ先日まで響き渡っていたのは、冷たい軍靴の足音と、日本という国ではまず聞き慣れることのない銃声の混ざった、激しい戦闘の音だ。いくつもの家屋が廃墟となり、子供はおろか大人ですら一般人は影も形もない。道を行くのは迷彩服と銃火器に身を包んだ自衛隊員ばかりで、大通りには高機動車を始めとした、やはり迷彩色の軍用車が立ち並び、一般車両のタイヤ跡すらも見当たらない。
四月二十一日に政府が自衛権の行使、及び自衛隊の防衛出動を宣言してから、十八日が経過した五月九日の午前七時三十七分。「敵」とされる多数の未確認生命体の殲滅が完了したと発表された。
「敵」。その姿は公式にはまだ何の言及もないが、当時多数の一般市民が撮影した映像が、今もネットのあちこちに残っている。デマ、コラージュの類も跋扈するが、その中で我々は、とある信用できる情報筋から映像を入手することに成功した。町の中心近くにある上倉高校の校庭から飛び出してくる「敵」(画像①参照)。まるで昆虫が具足を身に着けたような姿は、一見すると何かのアニメに影響された質の悪いオタクの悪戯映像であるようにも見える。だが今回の情報筋以外からも、これと同様の物を映した映像がいくつも我々の元へと送り届けられた。であればこれこそが、今回日本という国に突如出現した「敵」、侵略者の姿であるとみて間違いないだろう。
四月二十日の夕方十六時、奴らは突如この町に現れ、そして見境も無く暴れ回り始めたという。目撃者の中には、まるで何かを探しているようでもあった、と証言する者もいるが、その内心は我々にはうかがい知れない。ただ一つ言えるのは、奴らは無差別に家屋を破壊し、途中にいた人間をなぎ倒し、警察の鉄砲を意にも介さず、自衛隊が到着する瞬間まで、獣の如く暴れまわっていたという事だけである。
あれらの存在に憶測を走らせる声は多い。同時期に発生した「動植物一斉消失事件」との関連を上げる者もいる。
一体この怪物は何だったのか。何故暴れまわったのか。忽然と消え去った動植物たちは、何の関係があったのか。二百人を超える死傷者を出した前代未聞の災害は、数多くの謎を残して、ひとまずの終息を見せた。
また、政府はこの「敵」の殲滅完了の他、千早区北側にある萩山の中腹に、上倉高校の校庭にあるのと同じ規模のクレーターを発見し、その中心に、当時消息不明とされていた二名の女子高生の内一人が倒れているのを発見したことも、併せて発表している。「敵」の出現直前まで学校での目撃情報があった少女が、何故そこから実に50キロも離れた山の中にいたのか。消失事件に巻き込まれたのではないかといった憶測も飛び交うこちらについては、また次号で改めて、正確な情報を記載する予定である。
――五月十五日刊行、週刊リーダーズ、並川達郎の記事より一部抜粋――
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