あなたの記憶、お掃除します

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思い出に浸ってる時間はない。 急いで床にまで散らかった本を退けながら話をした感じから推測した彼の分類方法であたりをつけていく。 あった。きっと整理整頓はせず、蓄積されるがままだと思って、奥の方に行くと幼馴染との想い出の本が大量に見つかった。 背表紙には幼馴染の名前と番号が振られていた。なんと分かりやすくしてくれているんだ。助かった。大人気漫画の総巻数よりも何倍も多い本を一箇所にまとめ、埃を落とし、ガラガラの本棚に詰めていく。今回の依頼は幼馴染との想い出だ。他の本まで手はつけられない。それにしても本当に沢山の想い出があるんだな。 人の記憶は全てが本になる訳ではない。印象深かったり、楽しかったり、辛かったり。何か心を動かされなければ本にはならない。つまりはそれだけ様々な感情を幼馴染と共に抱いてきたと言うことだ。 本棚に片付けられている本は最近のばかりで昔のものはあまり無かったがそれでも幾つかは幼馴染との本が置いてあった。彼には本当に大切な友達なのだろう。 人によっては大事な友達が亡くなったから辛くてその人の記憶を消したいと言う。 彼もそう思ってしまうのだろうか。 本棚に片付けていると一つだけ、シミのような汚れがついた本を発見した。 本を開くと、とても楽しい体育祭の思い出が書かれていた。だが最後の方になると雲行きが怪しくなる。選抜対抗リレーで彼の靴紐が切れ、大転倒し、一番を走っていた彼は最下位となってしまった。そして幼馴染が彼を貶めようと彼の靴に小細工をしたと言う噂を聞いたのだ。そこから彼は悩み苦しむ。そして、心の中で密かに憎む日々が続く。 次の番号の本を探す。 とても綺麗なスカイブルーの表紙はシミひとつなかった。開いてみてすぐにわかった。噂はガセで、犯人は同じリレーで最後に彼を追い抜いた奴だった。自分が最下位だと示しがつかないと感じ、スポーツだけが取り柄の彼を追い抜けば何も言われないんじゃないかと細工したらしい。そしてバレないように嘘の噂を広めた。酷いやつだ。彼はこの事実を自分で調べ上げたのだ。幼馴染を信じたいが故に。 これを読んで俺はやってはいけないことをやってしまった。依頼されてもいないのに憎むだけの日々が続くページを破り燃やした。 それでも話は繋がる。彼の中だけの感情だ。知らなくても、思い出さなくてもいいこともある。そう思ったのだ。 俺は仕事を終えた。棚は祖父ちゃんに比べればかなり少ないが、彼にとっては大切な記憶を蘇らせるのに十分な大きさだった。記憶を思い出せるのか、また散らかすのかは本人の努力次第だ。頑張って思い出して欲しい。 そして最後の仕上げを行う。最も新しい本を手に取る。 記憶の掃除屋 それは、火に包まれて消えていく。 そして俺は扉から外へ出た。
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