死ぬ覚悟で

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死ぬ覚悟で

彼方さいど! 陽が真上に来た頃、アイテムポーチも溜まってきた。 草むらを見て回っている蓮の肩を叩いた。 彼方「一旦ホームに戻らない?」 蓮「うん、そうしよう」 よっこいせ、と立ち上がる。 ちょうどその時、大きな咆哮が響き渡った。 ビリビリと身体を刺激し、大地を揺らす。 一瞬にして立った鳥肌を気に留めず、二人は互いの顔を見合った。 彼方「近くない?」 蓮「近い、近過ぎるし、多分セト君の言ってたヤツ……」 彼方「……一旦村に帰って応援呼びない?」 蓮「賛成。それなら早くしないと……」 いざ足を動かそうとふと上を見上げ、息を飲む。 真っ黒なシルエットが空に浮かぶ。 白に近い瞳がギロリと二人を捉え、ゆっくりと降下してくる。 近付けば近付くほど異常な大きさになる。 あまりにも非現実的な事態だ。 そもそも、このエリアでは、七年前のあの時を除けば、数百年間大型モンスターは出現しなかった。 しかも、七年前の雷龍ならば、今の僕と連の二人だけで討伐が可能。 ある程度大型モンスターに耐性のある二人でも、心拍数が一気に上昇する。 蓮「彼方走れッッ!!俺らじゃ到底太刀打ち出来ない!!!」 ドン、と背中を押された勢いで走り出す。 逃げなければ殺られる。 本能が伝えてきている。 回復アイテムだけを抜き取り、アイテムポーチは投げ捨てる。 身軽にならなければ、戦いも逃げも何も出来ない。 かなりのスピードで走っているのにも関わらず、黒龍は易々とついてくる。 痺れを切らしたのか、その巨大な翼で大きく仰ぎ、二人を容易く吹き飛ばした。 飛ばされた方向が真逆な二人。 直ぐに立て直し、各々の武器に手を伸ばした。 逃げは無理だとなれば、戦うしか道は無い。 幸運な事に、午前中にセトたちに会っていたから少ししない内にエリアに来るだろう。 そうすれば六対一、何とかなる筈だ。 今はただ、粘る事に全てを懸ける。 先に攻撃に出たのは黒龍だ。 蓮に向けて毒の塊を吐き出す。 それを躱し、双剣を構えて疾風の如く黒龍の身体に近付き、肩を斬り裂いた。 僕もそれに続くように背丈よりある太刀を振るう。 少しでも黒龍の体力を削る為、ハイスピードで攻撃を繰り出していく。 黒龍『がァァァァアアアアアアッッッ!!!!!』 彼方「うぐっ……!」 「ゔッ!」 振り回された尻尾を避け切れず、まともに食らってしまう。 数十メートルもの距離を吹き飛ばされ、地に倒れた。 (たった一発、それも尻尾でこんなに……) 彼方「げホッ……ってェ……」 腹部を押さえながらも何とか立ち上がったそらる。 僕がまだ再起に時間が掛かるのだと理解すると、蓮は再び足に力を入れて駆け出した。 視界が完全に回復しきっていないからか、若干ふらついているようにも見える。 黒龍がそれを見逃さず、僅かに息を吸ったのを、僕は両の眼でハッキリと捉えた。 腹筋を使って起き上がり、声を張り上げる。 彼方「蓮っ!毒来るッ!!」 だが、一足遅かった。 かなり威力のある毒の塊を受けた練は空に舞う。 黒龍の爪が肩を貫く。 彼方「ッ、蓮!!!!」 刀を持って地を蹴り飛ばす。 脳裏に浮かぶあの日の記憶。 あの時、自分が時間を稼いでいれば助かる者はいたのだと、数年経って気が付いた。 惨めな自分が大嫌いになった。 そして、そんな自分を殺せない自分もいた。 もう、仲間を失いたくない。 力強く刀を振り下ろし、黒龍の爪を両断する。 瞼を閉じて、辛そうに呼吸する蓮に心の中で謝り、爪を引っこ抜いた。 今は黒龍に構っていられない。 一刻も早く応急処置をせねば命に関わる。 蓮の身体を支え、僕は他のエリアへと繋がっている崖から飛び降りた。 ~~~ 血が止まらない。 包帯をぐるぐる巻きにしても、直ぐに朱に染る。 顔を歪ませ、空を仰いだ。 蓮「キッツ……先鋭隊総出でやっとのモンスターかよ……」 彼方「…先鋭隊って遠征中だったっけ」 蓮「あぁ。確か水の街」 彼方「じゃあ、カイ達が来ない限り死ぬね……」 蓮「だよな…」 蓮程の重症では無いが、僕だってそれなりに攻撃は食らっている。 先程吹き飛ばされた時に鋭い岩に当たってしまったのか、左腕から出血していた。 ポーチから秘薬を取り出し、一気に飲み込んだ。 彼方「にが……蓮も飲んどいて。せめてもの抵抗」 蓮「そうする」 下手したら数分後には生きていない。 少しでも、ほんの少しでも生きる時間を伸ばす事に尽くす。 蓮「どうしようか……ここにいたら直ぐにバレるし、どっか草むらにでも隠れる?」 彼方「……いや、多分、もう………来る…」 咆哮と共に凄まじいスピードで滑空してくる黒龍を避けるべく、彼方は蓮を抱えて横に転がった。 大きな振動。 先程まで二人がいた所は巨大なクレーターになっている。 上半身が裸の蓮を気遣い、声を上げながら黒龍の気を引き、蓮から距離をとる。 その隙に秘薬を飲み込み、双剣を取り出す。 (不味いな……一発食らったらゲームオーバーか…) 防御力を大幅に向上させていた防具は、黒龍によって粉々にされた。 じわり、と血が包帯に滲む。 怪我をしているからと言って、ただ見守るだけでは僕が危ない。 置いて行く方よりも置いて行かれる方が何十倍も辛い事は、身をもって確かめている。 どうせなら二人で、と考えてしまったが、それも仕方が無い。 狩人のトップクラスを集めた『先鋭隊』と呼ばれる集団が数時間戦ってやっと勝てるモンスターだ。 先鋭隊に等しい腕はあっても、数が足りない。 後は時間の問題になってしまった。 走りっぱなしの蓮は苦しそうに呼吸をしながらも、障害物を巧みに使い、攻撃を躱していく。 岩と岩の隙間に身体を滑り込ませ、ツタを使って崖を上り、黒龍と目が合ったら崖から飛び降りる。 黒龍はそれを目で追えず、下降しながら辺りを見渡した。 岩石の間を滑らかに移動する。 大きな岩石を通り過ぎるタイミングで、その岩石で息を潜めていた蓮が飛び降りた。 僕の太刀が黒龍の身体に突き刺さる。 それだけではなく、右腕に力を入れて下に引き裂いた。 返り血を浴びようと怯まない。 慌てふためく黒龍の翼に刃を付けて振り下ろす。 黒龍『ガッ、ァあぁあああああぁああああ!!!』 暴れ出し、僕は岩石に叩き付けられた。 力無く血に倒れる。 それに気付いていないのか、尚も暴れ回る黒龍はあちこちの岩を蹴散らし、毒をなりふり構わず吐き出した。 今がチャンスだと見た蓮は双剣を構え、走り出す。 ろくに頭が回っていない今なら不意を付ける。 漆黒の身体に飛び掛り、両方の刃を突き刺した。 奥へ奥へと刃を押し込む。 最早捨て身の行動だ。 何とかして彼方だけでも助けたい。 その気持ちが、大怪我を負った蓮を動かす。 ピタリ、と動きを止めた黒龍。 まさかこの程度で倒れる訳が無い。 これはどのモンスターにも見られる前兆。 百パーセントの力で抵抗する為に力を蓄え出しているのだ。 (…あ………これ、無理だ…) 真っ赤になった黒龍の瞳と、蓮の瞳が交ざる。 刹那、蓮の身体は黒龍の手によって動きを封じられた。 メキメキと身体が軋む。 抵抗する気にもならないのは、圧倒的な力の差を感じてしまったからだ。 どんどんと強くなっていく力。 蓮「うぐッ!?!?……ぁッ、ゔぁぁああああ!!!!!」 エリア内に蓮の絶叫だけがこだまする。 (痛いッ、痛い痛い痛い痛い痛いッッッッッッ!!!!!!!) だいぶ前に枯れてしまった筈の涙が溢れ出てくる。 幾ら叫んでも力は緩れられず、それどころか強くなっていく。 死を、覚悟した。 ドクンッ…… 蓮の悲鳴で意識が浮上する。 目だけを動かして蓮の姿を探すと、遥か遠くに見えた。 力の抜けた身体、虚ろな目。 息をしているのかも分からない。 ただ、体温が何度も下がった気がした。 目を見開き、頭の整理が出来ぬままに立ち上がる。 彼方「……めろ…」 ドクンッ、ドクン…… スゥ、と青髪が白に染まっていく。 短髪だった髪が、セミロングにまで伸びる。 サファイアの瞳はそのままだが、神秘的に輝いている。 彼方「…ッ、やめろぉぉおおおおおおおおおッッッ!!!!!!!」 刀を持つのも忘れ、威嚇しながら黒龍との距離を詰める。 前方から飛んで来る毒の塊を避けはせず、腕で叩き落として更にスピードを上げた。 グッ、と踏み込み、高く跳ぶ。 その強い眼力に怯んだのか、固まるだけの黒龍。 蓮の身体は離さない。 握り締めた拳を助走の勢いに乗せて振りかぶる。 黒龍の頭に直撃した。 たった一撃でトドメをさした僕は、黒龍が完全に息絶えたのを確認するや否や、蓮の元に駆け寄った。 「か、なた……おまえ…」 何か言おうとしていた蓮は遂に体力の限界を迎え、意識を手放した。 僕も安心したようで、蓮の身体を優しく抱擁し、瞼を閉じた。 彼方「…………どこ…?」 珍しく目覚めの良い朝を迎えたと思えばそこは知らない部屋。 起き上がろうにも身体は動かない。 動かないだけなら良いのだが、経験した事のない痛みが襲った。 彼方「い゛ッ、てぇ……嘘でしょ…」 特に左腕と背中だ。 果たして何があったと言うのか。 ユキト「だから、病院行った方がいいんじゃん?」 セト「それだと死ぬまで実験台だぜ。本人に決めてもらわなきゃ、俺らに決定権はねぇよ」 カイ「う〜ん……早く起きてくれないと、何も出来ないなぁ…」 セトとユキト、カイの声だ。 扉の向こう側から聞こえてくるよく知る人の声に安堵する。 「セト、ユキト、カイ」 その名を呼んだ途端に開かれる扉。 目を丸くさせたセトとカイ、ユキトだ。 だが、直ぐに冷静になったらしく、カイは僕の身体の包帯を付け替えに来た。 テキパキとされると何も聞く気になれない。 終わるまで待とうと決めた瞬間、セトに話しかけられた。 セト「昨日の事、何か一つでも覚えてる?」 彼方「昨日……昨日は、えっと…」 セト「あ、無理に思い出すな。頭痛くなるぞ」 彼方「なにも、思い出せない、ね………」 セト「全く?」 彼方「…うん」 一昨日までの記憶ならある。 引き篭っていつものように娯楽をしていた。 セト「……彼方」 彼方「はっ、はい!」 いつになく真剣なセトの声。 童顔なのだが、それでも貫禄がある。 長い間、戦地で過ごしてきたからだろうか。 翡翠の瞳が僕を捉えた。 セト「まず、昨日の事だ。俺らが駆け付けた時、お前と蓮は倒れていて、傍には黒龍が倒れていた。彼方以上の怪我を負った蓮は別室で寝てる。後遺症は分からないそうだ」 彼方「黒龍……」 それだけで驚愕だった。 自分達が大怪我を負って倒れていて、傍には黒龍。 間違いなく二人で倒したという事になってしまうのだが、龍はとても二人という少人数で倒せるモンスターでは無い。 ならば、先鋭隊だろうか。 いや、違う。 先鋭隊は遠征中の筈だから、仮定から矛盾してしまう。 グルグルと考えが巡っていたのだが、カイの次の一言で、僕は完全に思考回路を絶たれてしまう事となる。 カイ「黒龍が倒せたのは……彼方、お前が狂人化したから」
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