コンテニューのない世界

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コンテニューのない世界

蓮さいど! 「彼方、おーい、彼方ー」 ホームで相棒の名を呼ぶ。 普段ならすぐに、返事をする彼方。が、今は返事すら返さない。 心配になったので、俺が彼方の部屋へと向かう。 (寝てたのか……) ソファーに丸まって寝息を立てている。 成人したとは言えど、まだまだ幼い顔付き。 赤色の髪を持つ俺が言える事ではないが、青髪の彼方は常に目立つ。 狩りの時にはフードを被りながら動き回るので、余程親密な関係でない限り、その髪を見る者はいない。 先鋭隊から勧誘が何度も来る実力を持つ二人だが、毎回断っている。 理由としては、先鋭隊に入ると自由が無くなるから。 プライバシーなんて言葉は無く、モンスターの目撃情報が出たら出動せねばならない。 マイペースな二人には地獄の様な環境だ。 「彼方、おい、彼方ったら」 しかし、ここの所気分が乗らなかった二人は全く狩りに出ず、ホーム内で堕落した生活をしていた。 流石にそろそろ依頼を受けなければと相談しに来たのだ。 揺さぶってみれば呻き声が聞こえ、やがて瞼が開かれる。 サファイアの様な透き通った瞳。 その美しい瞳から透明な雫がポロポロと溢れる。 本人は気にせずに起き上がり、ふにゃりと笑った。 「れんだぁ…どうしたの〜?」 通称エンジェルボイス。 巷での通り名だ。 その名の通り、天使の様な声を持つ。 「やっ、お前、彼方、どうした?悪い夢でも見たのか…?」 彼方が悲しそうに泣いている所を、俺は見た事がなかった。 こんなにも儚く泣くとは、想像もしていなかった。 今にも崩れてしまいそうで取り乱してしまう。 俺に言われてやっと目が覚めたらしく、『悪い夢?』と目元を拭い、そうして固まった。 「あれっ!?何で僕泣いてんの!?」 「俺が聞きたいよ……悩み事があるなら聞くよ」 そう言ったは良いが、彼方の事だ。 丁寧に断るに違いない。 案の定、『大丈夫だよ!』と明るく笑ってみせた。 「ところで、なんか僕に用事?」 その一言で思い出した。 「そろそろ狩りに行かないかって、相談しに来たんだ」 「あ、流石にひと月丸々引き籠もりはマズイよね。分かった。じゃあ、今日は身体慣らしに採集にでも出掛けない?」 「そうだね」 寝間着から着替えるだろうと部屋を出ていく俺は気づかなかった 俺の背中が完全に見えなくなった時、彼方はソファーに顔を押し付けた。 クッションを握った手は微かに震えていたことを。 七年前…… 「ほらほら、彼方君頑張れ!」 「あっ、ちょっと那月!置いて行かないでよ!」 「ははっ、遅いぞ彼方!」 「ハルトまで!待ってって!」 パーティ名“Hope”。 八人という人数で小型モンスターから中型モンスターの狩りをしている。 そこに彼方は所属していた。 孤児だった彼方を拾い、戦闘が出来るまでに育て上げたのは那月とハルトだ。 最年少ながら奮闘しているので、可愛い弟が出来たと喜んでいた。 この日は小雨が降っており、午後からは雷雨の予定だったのだが、探索のみの予定であった為、全員で出て来たのだ。 三人は、前を歩くリーダーや他のメンバー達とは少し離れた所ではしゃいでいた。 突如現れる雷龍が目の前に来るまでは…。 「ん?何か今、バチバチってしなかった?」 音に敏感な那月がそう言う。 ここら一帯は滅多に大型モンスターが出ず、電気を使うモンスターも出ない。 その様な音が聞こえるのはまず有り得ないのだが、那月は嘘を吐かない。 不思議そうな顔で全員が那月を見た。 刹那、身体に凄まじい威力の雷が落ち、崩れ落ちた。 「ぁ……え…?」 身体は動かないので目だけを動かす。 翼を広げ、ゆっくりと下降してくる雷龍。 誰かが悲鳴を上げた。 やっとの思いで崖を登ってきた彼方は、その光景を目にした途端、動けなくなった。 目を見開き、呼吸さえも忘れて雷龍を見つめる。 大きな図体を持ちながら、フワリと地に足を付けた雷龍はそのまま口を開き、リーダーに近づいて行く。 聞きたくない生々しい音が響く。 そうして次はハルト、その次はサブリーダー……。 どんどん仲間が喰われていく。 狩人は引退するか、この道を辿るかの二択。 頭では分かっていても、いざその時が来ると誰しもが怯える。 那月は喰われていく仲間から目を離し、彼方の方に視線を移した。 今まで見た事の無い、パーティの末っ子の恐怖に殺されてしまいそうな表情。 助けを求めるつもりだった。 彼方の実力ならば生き残った者が回復するまで時間を稼ぎ、そこから対応することだって可能だった。 だが、今の彼の状態ではどうしても無理だ。 それに、そんな危険な真似をさせたくない。 また一人、雷龍に喰われる。 覚悟を決めた那月はこれでもかと彼方を睨み付け、声を張り上げた。 「逃げて彼方君ッ!!街まで走って!!!」 しかし、掠れた声で何かを呟くだけで動こうとしない。 歪んだ顔が那月に向けられた。 「逃げろッ!!!私からの願いよ、彼方ッッ!!!!!」 その声で我に返る。 「ごめん、ありがとうッ、那月ちゃん…」 身体の向きを変え、その背中が遠ざかって行く。 『彼方君、逃げて、生きて……』 那月の身体が宙に浮く。 爪が皮膚に食い込み、ブチブチと破れる音が聞こえる。 『ありがとう、彼方君』 「パーティ…?ごめんなさい、ソロしか出来ないんです…」 これで今月三十回目の勧誘。 彼方がソロになってからおよそ二年間、毎日毎日勧誘されては断るの日々を過ごしている。 パーティには入らないと心に誓った。 辛い思いをするのなら、孤独の辛さの方が余っ程マシだった。 三六五日休まずモンスターを狩り続けた彼方は、二年前よりも遥かに強くなっていた。 大型モンスターにも一人で太刀打ち出来るような、圧倒的な力をいつの間にか手に入れていた。 胸の傷が治らぬまま。 そうして過ごしていたある日、ギルドから呼び出しを受けた。 朝早くに訪ねたから、まだ誰もいない。 ギルド長から一枚の紙が手渡される。 読んでいく内に、どんどん気持ちが下がっていく。 途中までしか読まずに彼方は顔を上げた。 「以前お伝えした通り、俺はソロでしか活動しません。それに、このような命令は俺の権利を侵害し、ましてや国が許可する訳がない」 強めの口調でそう伝える。 紙の内容は『彼方と蓮のバディ結成の命令』だ。 この類の命令は本来、国からの許可を得てからでなければ出せず、かつて許可が出た事は無い。 だが、ギルド長は取り乱さず平然とした様子で彼方を見た。 「一番下の署名を見なさい。これはギルドの命令でも、国からでもありません」 久し振りに見るその達筆な文字。 「な、つき……」 既に泣いてしまいそうだ。 日付は二年前のあの日の数週間前。 『頑張れ』と名前の横に小さく綴られている。 「那月さんは“狩人はいつ死んでも可笑しくない。この間話し合いの時に彼方だけは必ず守ろうと決まった。もし私達が死んだら、少し時間を置いてこれを渡してください”って言ってました」 あまりにもタイミングが良過ぎた。 那月自身、まさかその後直ぐに命を落とすとは考えてもいなかっただろう。 一滴、落ちそうな涙を指で拭った。 メソメソしていたって何も変わりはしない。 一歩でも、少しでも前に進まなければならない。 「失礼な言動、大変申し訳ありませんでした」 「いえ、構いませんよ。それよりも、蓮君がホームで待っています。新しいホームをギルドから二人に贈呈致します。ご自由にお使い下さい」 「はいっ!」 言われた場所へと走る。 ホームの扉を勢い良く開き、靴を脱いでリビングらしき部屋に入る。 目に入った歳の近そうな少年。 「初めまして、彼方です!」 「うん、初めまして。俺は蓮です。よろしくな」
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