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面影と横顔2
貴女と出逢ったのは、春の柔らかな陽射しの下でしたね。
憧れていました、と。真っ直ぐな好意に慣れない私はすぐに反応が出来なくて。
ただ瞬きばかりを繰り返していたら、貴女は野花が咲くような笑顔で云った言葉が印象的でした。
「カナタさんて、ずっとカッコイイなぁって思っていましたけど……実はカワイイ系かも知れませんね」
「……か、わいくは……ないと思います……」
そんなことを云われた記憶もありませんし、と俯いたら、ますます貴女はやっぱりカワイイですと繰り返すものだから。
「貴女の方が、ずっと可愛らしいです」
特に、その笑顔なんかは。
私の周りに居た女性で野花のように笑う女性は実際に居ませんでしたから。正直にそう云ったら、貴女まで俯いてしまって。
その耳の端がほんのりと赤くなっていることに気付いてしまった私はやっぱり貴女を可愛いと思いました。
それから幾年。
(あぁ……何だか、もう疲れました……)
久々に難度の高いランクの任務を終え、仲間を失った遣り切れなさも手伝い身も心も疲弊しきって帰ったとある雨の日。
着替えることさえ面倒だった私が濡れたまま部屋の隅に身体を投げ出していたら、不意に貴女の声が聞こえて。
驚くと同時に―――今思えばただの八つ当たりでしたが―――酷く苛立った覚えがあります。
「カナタ、居るんでしょう?」
足跡で判っているんだからね!
そうドアの向こうで叫ばれてもこちらは指先一本動かすことさえ億劫で。今日は帰って下さい、と返したかったのに玄関先まで届くような声を発することも出来ないまま、緩い瞬きをひとつしている間に気付けば貴女は私を見下ろしていました。
鍵を掛けることさえ怠る程、本当に疲れ果てていた私を見下ろす貴女は怒っているような、だけど泣きそうにも見える表情をしていて。
そんな貴女を、私はただぼんやりと、光を落としてきた目で見ていたと思います。
どれだけそうしていたでしょうか。
貴女はそっと私を抱き締めて、耳元に囁いたのです。
「お疲れ様」
そして、
「お帰りなさい」
と。
まるで、氷を溶かす陽射しのように。
柔らかく、優しく、私を包んでくれました。
思えば、貴女はいつだって優しかった。
貴女の隣が、私らしく在れる場所だと気付いたのは少しばかり遅かったでしょうか。それでも、暫くしてから私と貴女は恋人と称する関係になりましたね。
任務は厳しくても、穏やかな毎日でした。
貴女が隣で笑ってくれるだけであたたかな気持ちになる。
同じ道を歩んでいても、それは変わらなくって。
曇りのない貴女の笑顔にどれだけ私が救われたか知れません。
傷付けたくないと思いました。
貴女は、私の大切な人でした。
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