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この村の人は、一番大切な事実を知らずに暮らしている。
それは、この村の『神様』は先代が作った虚構、つまりはじめからでっち上げられて信仰された偽物ということだ。
もちろん凶作の際に人々の心の拠り所とするためではあったが、それ以降、俺の家系がだいだいその『嘘』を隠し通してきた。
毎朝の巻き貝の音を村の人びとは、『神の声』と思っていて、それが聞こえるこの村は神様に守られているからだと信じていた。
それが実は俺らだとは誰も知らない。
だからその事実を知っている俺たちにとっては、ありもしない神のために自分たちの生活を犠牲にするなんて馬鹿らしかった。
(このことを知ったときは裏切られた気分だったな)
俺はそんな感情も懐かしく思いながら、このどうしようもない会議を見守っていた。
すると、
バンッ!
いきなり隣に座って黙っていた柊が机を打ちつけて立ち上がった。
「みんな、何言ってんだよ」
俺はハッと顔を上げた。
いやな予感がする。
「神なんて……神なんていねぇんだよ! まだ気づかないのかよ。そんなやつが守ってくれたことなんてねぇだろうが!」
「柊! なんて恐ろしいことを!」
突然場が水をうったように静まり返り、長老が目を鋭くして柊を注意した。
一方、柊はますます勢いづいて、
「なんだよ、怖気づいてんのか。ありもしねぇもんに」
「それなら、あの『神の声』はどうやって説明するんだ」
長老の息子が「これは答えられないだろ」とばかりに柊を見てきた。
でもそれを柊は鼻で笑い飛ばして、
「はっ! 知りたいのなら教えてやる。俺と榊があの声の正体だ。毎朝眠い中、巻き貝を吹いてんだよ。でも信仰のためじゃねぇ。村に日の出を知らせるためにだ」
俺は頭を抱えた。
確かに柊の主張は正しい。
でも、ずっとだいだい秘密にしていたことをバラすなんて、だいぶ浅はかだと思う。
俺は周りを見渡し、どうしたものかとおろおろしているしかなかった。
しかし、事態は思ってもいなかった方へ転がる。
「お社の子、それはいくらなんでも無理があるぜ」
沈黙を破って、左の男が柊に諭すように話し始めた。
「この村は、ずーっと昔から『神の声』が聞こえる珍しくもありがたい村なんだ。ぽっとでのお前さんの下手な嘘くらいじゃ、その年月はひっくり返せねぇよ」
「年月? それがどうした。それだけ長い間騙されてたってことだろ。それもこれも全部作り物なんだよ!」
「まぁ、苦しい言い訳だな。ほれ、もう諦めたらどうか。神様を冒涜していいことなんかないんだから」
「なんだよ。まったくバカばっかりだな。そんなに信じたいなら勝手にしろ!」
そう言うなり柊は襖を勢いよく開け、荒々しく部屋を出て行ってしまった。
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