おいしいごはんの食べ方

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「ねえ、本当に大丈夫?」 「メインディッシュの前にその話題は――」 「お金の問題じゃなくて」  雪美は少し困ったように眉を寄せた。 「君、さっきから顔色が悪いよ」  そうだろうさ。ダブルブルゴーニュ攻撃でノックアウト寸前。だが、亮太は屈するわけにはいかなかった。職業人としての意地もあるが何よりも、今日は、婚約記念日になるはずなのだ。 「無理しなくてもいいのに」 「大丈夫だ」  亮太は努めて笑顔を維持した。無理ぐらいする。  安月給で、給料三ヶ月分の指輪なんて用意できるはずがない。よしんばできたとしても大したものではない。かといって気の利いたプロポーズの言葉を用意できるわけでもなかった。そんな亮太にできたことと言えば、仕事の特権を駆使して高級レストランの予約を確保することだった。  静かで夜景の綺麗な高層階。三ツ星シェフが作るフランス料理のフルコース。高級、とまではいかないがそれなりのワインを二人で飲んで――亮太はものすごい吐き気に襲われたのであった。  この時ばかりは己の仕事を憎んだ。恨んだ。今日くらい休暇とっておけばよかった。  だが、何もかも遅すぎた。さすがに二回も高級レストランでの食事代を賄えるほど、懐はあたたかくはない。この状況でプロポーズまで持ち込むしかないのだ。亮太は意を決して、口を開いた。 「あの、さ」 「失礼いたします」  最高のタイミングでギャルソンがメインディッシュ二皿を置く。予想通りブッフ・ブルギニョン。それは許そう。しかし一世一代のプロポーズの邪魔をしてくれるな。亮太が仕事中ならば減点対象にするところだ。  簡単な料理の説明をしてからギャルソンは立ち去った。雪美の関心は眼前のメインディッシュに。亮太はため息をつきたいのを堪えてナイフとフォークを手に取った。  同じブッフ・ブルギニョンでも、先ほどの店とは雲泥の差があった。肉は口の中でとろけるほど柔らかい。手間を惜しまず一日以上煮込まなければ、これほどの味は出ない。さすが三ツ星シェフ。こんな状態でなければ評価欄には迷わず「優」をつけただろう。
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