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「大丈夫?」
心配そうに覗き込む雪美に、亮太は口元に笑みさえ浮かべつつ応じた。大丈夫さ。店に入ってからもう五度目となるこのやりとりだ。多少頬が引きつるのはいたしかたない。
たしかに、二十歳そこそこの男女二人が食事をするのには背伸びし過ぎた店だろう。都内有数の高級ホテルのレストラン。おまけに今は、フランスの三ツ星レストランのシェフが一ヶ月だけ腕を振るうというスペシャル期間。普通なら予約すらままならなかった。
「たまにはこういうのもな」
今回限りにしたいところだ。前菜が運ばれてきた時点で、亮太はこの店を選んだことを激しく後悔した。エスカルゴ。食材は勿論、味付けも完璧だった。通常の亮太ならばオードブルの評価欄には「良」と付けただろう。
つい先ほど、ブルゴーニュ風のフルコースを食べていなければ。
(誤算だった……っ!)
一日に何件かレストランをまわる職業上、自分の胃は把握している。フルコースの二つならなんとか嚥下することができることも。しかし、二つとも同じブルゴーニュ風ならば話は別だ。
エスカルゴはブルゴーニュの名産品だ。先ほど審査した店でも、前菜にはエスカルゴが使われていた。そしてブルゴーニュの代表料理はブッフ・ブルギニョン。ボルドーと並ぶワインの名産地、ブルゴーニュの赤ワインで牛肉をことこと煮込んだ家庭料理。どんなワインにも合うし、何よりコクがある。最悪だ。
さすがに連続でブッフ・ブルギニョンを平らげる自信はない。完全に事前の調査ミスだ。こっそり忍ばせた品評手帳を確認して亮太は卒倒しかけた。
フランスの三ツ星レストランのシェフは、ブルゴーニュ出身だったのだ。
異国での一ヶ月。得意料理で攻めてくるのは間違いない。すなわちブルゴーニュが生み出した素晴らしきフランス料理、ブッフ・ブルギニョン。
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