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「おぉ、誰かと思ったら、畑中か。こんな時間に一人でどうしたんだ?」
「いや、卒業式の原稿を考えてたの。知らないと思うけど、私生徒会長として一言話さないといけないんだよね。あんたこそどうしたの?」
「そうか、それは大変だな。俺は忘れ物をしただけ。練習着が入ったこの袋。ずっと置きっぱなしにしてたんだ。」
「え、どれぐらい置きっぱなしにしてたの?」
「一ヶ月ぐらいかな?」
「うわぁ、匂いキツそう。それ持って近寄らないでね。」
「うるせいなぁ、どれ?ほら、袋は大丈夫だ。中の練習着はわからないけど。」
「ふーん、どうだか。まぁ、お互い大変ね。」
「お、おお。それより、まだ残るのか?」
「ううん、一通り考え終えたから、もう帰ろうと思ってたところ。」
数秒の沈黙が流れた後、あなたは言いました。
「久々に一緒に帰るか?」
それを聞いた瞬間、不意に私はあなたと出会った頃の事を思い出しました。中学二年になった初日、初めに隣に座っていたのがあなたでした。私たちは何となく話すようになって、お互いの家が近いとわかってからは、よく一緒に帰るようになりました。思えばあの頃が私の人生の中で一番輝いていたように思えます。
しかし、高校に入ると付き合う子たちが増えていき、そんな関係ではない私たちが一緒に帰っていたりすると、よく冷やかすように二人の関係を聞かれるようになりました。そのやり取りが面倒になってきた私たちは、自然と一緒に帰る事はなくなってしまいました。
つまり、「一緒に帰るか?」という言葉を聞いた瞬間、私は急激に緊張してしまい、上手く返答する事が出来ませんでした。ただ素直に受け取けば良いはずの問い掛けに、私の返答は稚拙で愛想の無いものになってしまいました。
「急に何?気持ち悪い。」
「なんだよ、その言い方?嫌なら別にいいんだぜ。」
「いや、、まあ、いいけど。あんたカバンは?それに他の子たちは大丈夫なの?」
「カバンは部室に置いてる。今日は俺、練習してたわけじゃないんだ。後輩を教えに行ってただけだから、洋介とかはいないぜ。後輩も、もう帰ったし。」
「そう。じゃ、カバンを取りに部室に寄ってさっさと帰りましょ。」
面倒見の良いあなたはさぞ後輩に慕われている事でしょう。以前あなたは、中学の時の部活にも時々、顔を出していると話していました。なぜそこまでするのか私は不思議でなりませんが、そこもあなたの魅力の一つなのです。とやかく言うつもりはありません。
それよりも、ここで取り上げるべきは偶然にもあなたが教室にやってきて、一緒に帰ろうと誘ってくれている事なのです。本来であれば、歓喜の涙を流す程の出来事なのかもしれません。それなのに愛想のない返答をしてしまった私をどうかお許し下さい。
この偶然に感謝して、最後ぐらいは明るく元気に振る舞い、あなたと共に帰るその道のりを良き思い出として心に刻めるよう努めたいと思います。何しろ、卒業後は間違いなく、あなたと共に帰る事など出来なくなってしまうのですから。
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