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「大学の準備って何かしてるか?」
「何もしてないかな。入学式の案内は来てたよ。」
「そうか、こっちも同じようなもんだ。どこもそんなもんか。」
「サークルとか何か考えてるの?」
「俺はバレー部一択かな。」
「やっぱり。さすがだね。そのブレないところ。」
「まぁね。俺のバレー愛は畑中がよく知ってるだろ?」
「ははっ、そうだね。」
「畑中は何か考えてるのか?」
「私はまだ決めてないかな。放送部も考えたけど。何か新しい事がしたいかな。」
「へぇ、新しい事がしたいなんて、どうしたんだ?お前の企画する昼休みの放送、結構好きだったんだけどな。」
「え、そうなの?それ初めて聞いたよ。」
たわいもない会話をしながら帰るその一瞬一瞬がとても懐かしく、少し新鮮でもありました。昔の私たちと言えば、お互いの友達の話しだったり、昨日見たテレビの内容だったり、そんな事がほとんどでした。
それが今の私たちは、大学の話しだったり、将来に対する心境を共有したりと、少しだけ会話が大人になったように思えます。
「しかし、昔はよくこうやって一緒に帰ったんだけどな。」
「うん、そうだね。高校に入ってからは全くと言っていいほど無くなったかな。」
「洋介たちがいじってくるからな。」
「私の方も同じだよ。」
以前、一度だけこの話題になった時、お互いそれ以上は踏み込まないよう会話を続ける事はしませんでしたが、この日は違いました。
「いっその事、俺たち付き合ってたら良かったのかもな、なんてな。」
あなたはほんの冗談のつもりだったのでしょう。しかし、その言葉は鋭い矢となって私の心に突き刺さりました。私はその場で動けなくなり、涙が溢れてしまいました。
私の異変に気づいたあなたは明らかに動揺していました。普通の会話をしていた相手が突然泣き始めたのですから当然でしょう。
長い沈黙が流れた後、あなたは言いました。
「ごめんな、、急に変な事言って。びっくりしたよな。」
その問い掛けに私は何も返答出来ずにいました。すると突然、その場を取り繕うかのように、雨が降り出しました。季節外れのその雨は激しく私たちを打ち付けました。
あっとした表情を見せたあなたでしたが、次の瞬間にはその精悍な顔は私に向けられていました。そして、未だ涙を流しながら立ち尽くす私の手を取り言いました。
「駅まで走れるか?」
あなたの手が私に触れた瞬間、はっと我に返り、ようやく返事する事が出来ました。
「うん、大丈夫。。」
「よし。じゃ、急ごう!」
そう言うと、あなたは私の手を強く握り直して、大きく一歩を踏み出しました。私はあなたに身を任せて、ただ自分の足を前へ運ばせました。繋いだ手からはあなたの温もりがじんわりと伝わってきました。
前を走るあなたの後ろ姿を見ながら、先ほどの言葉が本気だったのか、それとも冗談だったのか、考えは巡るばかりで答えなど出るはずもありませんでした。
しかし、たとえ冗談であったとしても、その強く握られたあなたの手と、そこから伝わる温もりは確かにそこに存在しており、私はそれだけあれば十分でした。
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