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「相談を受けて……どうするんです?」
「そういうよ、食い詰めモンを支援する専門のNPOとかがあるから、そっちのツテを紹介したり……後は『寮を提供するから今日からでも仕事して欲しい』って会社もあるから、そういうところに送り込んだり……まぁ、これも一種の『リサイクル』よ。……人間のな」
「人間の再利用ですか……」
「おうよ、『ゴミ』にしか見えねぇヤツを、僅かでも社会に貢献出来る『小さな宝』に変える……立派な再利用よ。正直、大した銭にもならねぇが、随分と関わって来たなぁ……」
それは多分、親父さんの過ごしてきた壮絶な子供時代の経験がそうさせるのではないだろうか。
もしかしたら、この店の異様に安い価格設定はそうして極貧にあえぐ人達を少しでも救おうとして……?
僕には何となくそんな気がした。
「あんた、さっき自分の事を『何もない』って言ってたけどよ」
親父さんがテレビを消した。点差が広がって勝ち目が無くなったのだろう。
「ンな事はねぇ。勝手に自分でそう思い込んでるだけよ。お前さんにゃぁ、色々と残ってるぜ。『人生の残り時間』だってオレなんかより遥かに長いじゃねぇか。それに『何も出来ない』って事ぁよ、裏を返せば『何だって始められる』のさ。……分かるかい? 突き詰め過ぎた人間は逆に『それ』しか出来なくなるからな……」
親父さんが椅子から立ち上がった。
「少し早いが……もう閉めるとするか。他に客もいねぇし」
特に名残惜しそうな様子もない。いつもように、淡々とする店じまい。
「だからよ、あんたは自分を見つめ直すんだな。『自分に何が残っているのか、何が出来るのか』をさ。社会からゴミ扱いされようが何と言われようが、自分で自分の価値を見つけて伸ばしていくんだ。……そしたら、あんたも『宝』になれるよ、きっと」
すっかりと暗闇に染まった店の外では、街路灯の淡い光が煤けたアスファルトを頼りなく照らしている。チチチ……と鳴くコオロギの声も何処か寂しそうだ。
ふと半袖の腕が風に吹かれて肌寒さを覚える。去年にここで買った薄手のコートも、そろそろ出番が来る頃なんだろう。
「……お世話になりました」
最後の客として、僕は深く頭を下げた。それ以上どう言っていいか、格好のいいセリフを僕は知らない。
「もしかしたら、アレかなぁ」
親父さんが夜空に瞬く星を見上げている。その声は、微かに震えていた。
「オレは子供時代の自分を助けたくって、この仕事を始めたのかもな……。はは……馬鹿な野郎だねぇ、オレは。そんな事、出来っこねぇってのによ……」
丸くなった背中が店の中に消える。そして背後から聞こえるシャッターの閉まるカシャン……という音に、僕は振り向く事なく家路についた。
きっと、僕の向くべき方向はそちらではないのだろうから。
完
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