リサイクルショップ『夜逃げ屋』

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 その小さなリサイクルショップが閉店を迎えた日、いつもと変わった事は何もなかった。  普段と同じ。前日と同じ。何なら僕が通い始めた3年前とも同じ。もしかしたら、最初にこの店が開いた時とも同じかも知れない。それくらい、ありふれた『閉店』。  そう、ただ単に『もう明日からは店を開けないよ』という程度の……。 「ホントにもう辞めるんですか?」  カウンターの奥で詰まらなさそうにテレビの野球中継を見ている店の親父さんに尋ねるが。 「ああ、そうだ。言ったろ、今日で終いだって」  親父さんは合成皮革の裂けた古い椅子に身体を投げ出したまま、つっけんどんに返してくる。もしかしたら病気でもしているのだろうか。痩せこけた頬を支える骨ばった掌が如何にも気怠そうだ。 「残念ですね……ここ、『安い』んで重宝してたんですけど」  何とか翻意して貰えないかと、一縷の望みを託してみるが。 「まぁ……オレもいいトシだしよ。もういいんじゃねぇかなって思ったからな。それに、安くしてっから『儲からん』し」  親父さんの返事は素っ気なかった。  儲からない……確かにそれはそうだろう。  僕は薄暗い店内の、不揃いな飾り棚に眼を移す。  『1客しかないティーカップ』は朱の縁取りが色褪せこそしているが、何と『5円』。その隣でバラ売りされているフォークやナイフはどれも『1本1円均一』である。  日用品の……それも以前の使用者が誰かも分からない食器類に高い値が付かないのは何処のリサイクルショップでも同じだが、それでもこの店のそれは飛び抜けて安い。  だから、とても助かっているのだ。 「僕……この店に通うようになって3年になるんです。大学でこっちに来てからずっとお世話になってきたんですよ」  そう、何しろ僕にはお金が無かった。親からは「大学に行きたきゃ家を出て勝手にしろ。金は出さん」と突き放された。だから学費や家賃も含めてバイトでどうにか凌ぐしかない。毎月がギリギリの生活なのだ。  ……いや、『無い』のはお金だけじゃないけども。 「たまたま先輩がこの店の事を知っていて……『少し曰く付きだけど、家財一式を安く揃えたいならここしかない』って教えてくれんたんです」  確かに、僕の部屋にあるものの『ほとんど』は、この店で調達したものだ。服にしろ、テーブルにしろ、中には『使いかけの消しゴム』とか『年の途中まで切り取られたカレンダー』なんていうのもある。  それもこれも、皆んなここの出身なのだ。……だから、無くなるのは経済的にかなり厳しい。 「ひとつ聞いていいですか」  僕は周りに誰もいない事を確かめから、そっと親父さんの側へと近寄った。 「この店の商品って、どうしてこうも『安い』んです?」  昔から思っていてはいたものの怖くて聞けなかった質問に、親父さんは野球の画面から眼を離すことなくこう答えた。 「……何しろ原価(しいれ)が安いからな。夜逃げした家から、タダ同然で引き上げたものなんだよ。……ああ、店の品物は全部そうだ。ウチはのリサイクルショップなのさ」
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