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外からは子供達の賑やかな声が聞こえて来る。
年相応の賑やかな声に頬を緩ませ、日差しを避ける為にカーテンを閉めようとしていた手を止める。
子供は元気が一番なのだから。
対照的に、この事務所に入ってきてからどうもしおれた様子の男の子を見遣る。
よく笑う子で、感情に素直な分暗いところも顔に出やすいのだろう。
「先生、俺どうしても怖いんだ」
この子が一人で来るのは珍しいな、と思っていながらも触れずにお茶を淹れているとぽつりぽつりと語り出した。
「そっか。それは自分で解決出来そう?」
「…まだ無理。今困ってる訳、じゃ無いんだけど」
焦らす理由もないので、私も黙って次の言葉が紡がれるのを待つ。
「俺の家の事、先生は知ってるよな」
「お父様が暴力を振るわれる方で、お母様が離婚をして今は妹さんと三人で暮らしてるんだったっけ?」
私も微力ではあるが口を出していた。
帰りたくない、と呟いた微かな彼の悲鳴を無視できずにこの事務所でお泊まり会をした事もある。
「そう、なんだけど…」
母親に新しいパートナーができそうだ、と日向の様な笑顔を見せていたのは記憶に新しい。
意を決した様にごくりと唾を飲み目を合わせる彼が口を開いた。
「俺は、あの糞親父の元で育ってきた。…ネットで見たんだけど、DVされた子供は、大人になった時に自分の子供に手をあげやすいって」
悩んだのだろう。
そんな事ないと、自分の中で否定したかったのだろう。
目に涙を浮かべて、己の将来を案じている彼に、私は何が言えるだろう。
「なあ、先生。俺、結婚しない方が良いのかな。やっぱり、誰とも関わらない方が良いのかな」
高校三年生は、一人で羽ばたく準備をするとともに、非常に不安定になる。
自分の翼が、今まで信じてきた道が信じられなくなる事もあるだろう。
「外見てみて。なにが見える?」
「…?子供たちが、遊んでるけど」
くいっと親指で示してみれば、予想通りの返答が返ってくる。
「どう思った?」
「どう思った…って…元気で、楽しそうだなって」
不審がりながらも、己の心のままを答えてくれる子。
純朴で、誰よりも力の大事さを判っている子。
そんな君がどうして幼き子を力で支配しようとするだろうか。
「それだよ。」
「え…?」
「君が考え込むのもわかる。未来の事なんて誰にもわからないからね。ただね、これまでを見てきて統計的に予測することはできるんだよ」
向こうの部屋からカタン、と物音がする。
それは彼の人望の証だった。
「君が受けたものは君にしか感じ取れない。だけれど、君は人よりも痛みがわかっている。人に手をあげる事がどれだけの事か、嫌というほど理解している。君は、周りに八つ当たりすることなく、しっかりと前を見て進んでいる。君の痛みを、理解してあげられないよ。だけど、君は同じ状況の痛みを理解できるんだろう。だったら、大丈夫。君が手をあげたくないと心の中で念じていれば、そんなことは絶対に起こらないから。安心しなさい。」
ぐ、と目に涙の膜を張りながらも溢れさせまいと口に力を入れる彼に頬が緩む。
「歩みなさい、君のその素直な感情に嘘をついてはいけないよ。…そして、もし道を間違えたら止めてくれる仲間が君にはいるじゃない。」
入っておいで、と促すと扉の向こうからバタバタ、と大きな音がした後、ガチャン!と扉が開かれる。
「馬鹿!!!あんたが、あんたが優しいことくらいあたし達みんながわかってるのに…」
「お前が!感情に任せて手をあげる事なんてこれまでもなかっただろう!これからもそれはない!何かあったら俺らが役に立つから!」
「わたし達、そんなに頼りなかった…?」
ぐすぐすと泣きながら三人が少年の胸に抱きつく。
もう我慢出来なかったのか、ズッと鼻を鳴らし涙と言葉を溢す。
「ご、ごめん、ごめんなぁ、三人とも、いっ、いう、ゆうきが、なくて」
わぁわぁと泣き声の大合唱をする彼等は、きっともう大丈夫。
「けれど、君の根底にその記憶があることは間違いないんだよ。だからこそ、君の手をどう使うか、君自身がきちんと考えて、行動に責任を持っていてほしい。…君なら出来るから。」
何を使うにもじ自分次第で何にでも成り得る。
鋏も、刀も、言葉も。
人でさえも。
「四人とも、おやつ食べる?」
だからせめて、この子達がどう羽ばたくか、見守るくらいはしたかった。
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