祐一・保育士

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 その日の夕方のことだった。祐一はそろそろ集まりだす子供たちのために、一階の子供部屋の掃除をしていた。安奈は仕事に出かけて行き、ユキはまだ二階で眠っていた。  「女、抱いて来た。」  その一言は、まだドアも閉めきっていない玄関で、青井の口から発せられた。やけに勢いのある口調だった。後ろ手でドアを閉めながら青井は、じっと祐一を見ていた。  なにを言っているんだ、と、クイックルワイパー片手にフローリングに膝をついていた祐一は笑おうとした。お前が女を抱いてくるなんていつものことだろう、と。  しかしそれができない強度の視線で、青井は祐一を見つめていた。それは、追い詰められた野生動物みたいな。  そしてそこで祐一は、この男が女を抱いたなんて台詞を口にするのを、はじめて聞いたことに気が付いた。  女を抱いた。  繰り返すセックスを、この男はそんな単語では表さなかった。ただもっと単純に、勤労してきた、とか、仕事してきた、とか言い表してきたのだ。  「……誰を。」  だから祐一の声は、恐れるように僅かばかり揺れていた。自分を鼓舞するようにクイックルワイパーを床にとんと叩き置き、玄関へ出て青井と向き合う。  青井は、いっそ縋るような目で祐一を見ていた。  「……俺の娘。」  娘? なにを言ってるんだこいつは。こいつに娘がいるなんて初耳だぞ。まぁ、色んなところに娘だの息子だのいてもおかしくない性生活をしてはいるけれど……、と、とこまで考えてようやく、祐一は一人の少女の面影を胸によみがえらせた。  「……夕佳ちゃん?」  うん、と、青井は素直に頷いた。  「どうして。」  「売り言葉に買い言葉で。」  「意味が分からないよ。」  なにがどうなったら、まだ中学校を卒業してすらいない子どもとセックスをすることになるのかが、全く分からない。  「街娼になるって言うんだ。だから、止めようとした。」  「……そこまでは分かるよ。」  「街娼になるって言うなら、自分の親とでもやるくらいの気概はないとやっていけないそって忠告した。」  「……ちょっと分かんなくなってきた。」  「そうしたら、ヒモの俺は自分の親と寝てるのかって言われてな。寝てはいないけどそれくらいの気概でやってるって答えたら、後は売り言葉に買い言葉だ。」  「……全然分からない。」  「多分、夕佳が、自分の親とくらい寝てやるとでも言ったんだろう。それで、俺と寝られるのかとかなんとか俺が言った。それで、寝た。きっと、そういうことだろうな。」  「……なんでそんな、他人事なの?」  「本当に、記憶が曖昧なんだよ。」  本当に、と繰り返して、青井は長く深い息をついた。
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