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野口の母親は、片親でも献身的に子育てをしてくれた。大人の事情で離婚する事になったんだから、それが原因でこどもに不都合があってはならない。そんなことを職場の人に漏らしていたという。明らかな過労だったと、野口は当時を振り返って思う。
そんな母親の苦労も露知らず、小学校に入ったばかりの野口は事あるごとに己の不幸な境遇を嘆いた。
「ねぇ、何でお小遣いもっとくれないの?」
「バトラーズのカード、買ってよ。誰にも勝てないんだから」
「どうしてお母さんは帰ってくるのが遅いの?」
今の野口なら耳を塞ぎたくなるような言葉を、何度も母親に浴びせかけた。もしかしたら、学校以外の社会を知らないこどもであっても、真剣に説き伏せれば少しは理解できたのかもしれない。それでも野口の母親から返ってきたのは、「ごめんね」という謝罪ばかりだった。
家庭環境を抜きにしても、野口の学校生活は褪せていた。友達ができないのは、貧乏だから。遊んでくれないのは、カードが弱いから。幼い野口は、彼自身に何とか言い聞かせてきた。この頃は悪目立ちが大好きで、そうやって自己防衛をしなければ、根幹から否定される気がした。
「じゃーん、守にプレゼント!」
7歳の誕生日だった。仕事から帰ってきた母親が、前から欲しがっていたカードゲームのBOXセットを野口に手渡した。大人には価値が分からない、ただ様々なモンスターの絵がプリントされたカードの寄せ集め。質素な生活には確実に必要ないもの。
「うわぁ、最新BOXだ! これ高いんだよ」
「いつも勉強頑張ってるから。たまには、ね」
母親は、えへんっと胸を張る。
野口は躍起になって、カード開封の儀を行った。
「すごいすごい、エンペストが入ってたよ! 光の聖天術師エンペスト!」
千手観音のような見た目で複数の剣を携えたモンスターが、内枠を飛び出して立体的に描かれていた。その大袈裟な輝きぶりから、誰が見てもレアカードだと分かる。
「えー、どう凄いのか、お母さんには分からないなー」
野口の母親も幸せそうに、息子の一文字も理解できない説明に耳を傾けた。
「とにかく凄いんだから。明日学校に持っていって、みんなに自慢してやろう!」
エンペストが新品の輝きを保っていたのは、この日が最後だった。翌日の下校時には、何者かによって二つ折りにされていた。
誰かなんて、大体分かる。
けど、気付かないフリをする。
カードの強さは変わらないのに、随分と弱くなって見えた。
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