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私が小説家を目指した理由はね『あ』と『お』にもう一度あって、私があの時なんと言って二人の喧嘩を止めたか、聞きたいからなんだよ。
と言っても、よくわからないだろうね。順を追って説明しよう。
私が『あ』と『お』に会ったのは、まだ保育園のときだ。私が一人で部屋で遊んでいると、いきなり、3人の”ひらがな”が現れたんだ。
『あ』と『お』と、そして調停官と名乗る『な』だった。
先ほど3人といったのは、彼らが人の形をしていたように見えたから便宜的にそういっただけで、本当は三つとか、三文字とは言うべきなんだろうね。でも記憶の中の彼らは確かに人の形をしていて……。
おや、いけない、いけない。話を戻そうか。
突然目の前に現れた3人に少し驚いたが、不思議と私は、悲鳴をあげようとは思わなかった。私がいた部屋の隣には両親がいて、何かいえばすぐに駆けつけてきたであろうに。
『な』は言った。「あなたが、S氏ですね。……ああ、言わなくてもわかります。あなたを求めてきたのですから。そうです、あなたですな」
そこで『な』は自己紹介として、自らが「な」であることと調停官をしていることを告げた。当時の私は調停官と言う物がなんなのかわからなかったが、きっと保育園の先生のような物なんだろうな、と思っていたよ。
『な』の後ろにいた『あ』と『お』は顔も見たくないのかお互い反対方向をむいていたし、その顔はツーンと、頬を思い切り膨らませていてね。喧嘩している二人をなだめる保育園の先生を見ている気分になったんだ。
なぜ、私を求めていたのか。そう聞くと、『な』は答えた。「是非とも、この『あ』と『お』の喧嘩を止めていただきたく、お願いしに参った次第でありますな」
喧嘩してるの? 私が聞くと、『あ』と『お』が思い切り鼻を鳴らしてね。今にも殴り合いの喧嘩に発展しそうだった。
「なんで喧嘩してるの?」
私の問いに、先に答えはのは『あ』だった。
「こいつが、あ行の中で一番偉いのは俺だって言って聞かないからだ! どう見たってあ行で一番偉いのは俺だろ? 先頭だし、一番だし」
「何いってんだ」と『お』がすぐに反論した。「一番前にいるってことは、一番チビってことじゃないか。どう考えても一番最後で全体のバランスを取ってる俺の方が偉いだろ!」
「何いってやがる! 俺がリーダーで、全員を引っ張っていってやってるんだろうが」
「リーダーは俺だろ? 一番強くて偉いのは、一番最後にいるもんだんだぜ」
「弱いから一番最後まで出番がないんだろ。全く、形ばっかり似やがって」
「そっちが似てるんだろ! 間違われていい迷惑だ」
「それはこっちのセリフだ!」
「なんだと!」
まあまあ、と『な』がなだめて、なんとかその場は収まったよ。お互い言い合っていた二人は、また「ふん!」とそっぽをむいて頬をパンパンに膨らませていた。
「あ行の奴らはみんな我が強いんです」と『な』が私に耳打ちしてね。ため息の様子から、ほとほと困り果てた様子が伝わってきた。
「と言うわけでS氏。申し訳ないですが、力を貸してもらえますかな?」
「仲直りさせればいいの?」
私の問いに、『な』は是と答えた。
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