『あ』と『お』のケンカ

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「……それで、続きは?」  すっかり聞き入ってしまった私に、S氏は優しく微笑みかけた。 「これで終わりだよ。お嬢さん」 「え? だって」  これじゃあまりに尻切れとんぼじゃないか。 「だから、私も答えを知らないんだ。答えを言った後、私はすぐ寝入ってしまってね。起きた時、彼らはいなかった。夢かと思ったが、遊んだボードゲームは片付けられないまま残っていたし、それに何より、後日、彼らがお礼をいいにきたんだよ」 「お礼に?」 「きたのは『な』だけだったけど。でも、訊いた話では、二人ともすっかり仲良しになったと言うことだった。ありがとうと何度も言っていたよ」  S氏の目が部屋の窓に向けられる。当時を思い出してかその目は遠くをみているようだった。 「彼らのことをもう一度思い出したのは、小学校に入った頃だったかな。部屋の大掃除をしている最中、あのボードゲームを見つけたんだ。彼らと遊んだボードゲームだよ。あれからすぐテレビゲームを買ってもらったがために、押入れの奥に仕舞い込んでいたんだ。あれだけ楽しみだった両親と遊ぶボードゲームも、いつからかやらなくなってしまったな。あれに触れた途端、泉が湧き出るように当時のことを思い出してね。同時に、気になってしまったんだ。あの時、私は彼らになんと答えたのだろうか、と」  思い出そうとしてもダメだったらしい。S氏なりにいくつか答えを用意してみるが、しっくり来るものはなかったそうだ。 「もう一度彼らに会って、私がなんといったのか訊きたい。けれど、会う方法はわからない。悩んだ末、私は一つ妙案を思いついた。そうだ、私から彼らに歩よれば、もう一度会うことができるんじゃないか」 「だから、小説家に?」 「絵本作家と迷ったけどね」そう言ってS氏は笑いながら頭を掻いた。「しかし私は、絵の方はてんで才能がなかったらしい。今でもたまに孫に描いてみせるんだが『これなんて妖怪?』と聞かれる始末でね。私的には猫とか犬を描いているつもりなんだが……」 「できればそれも拝見したいですね」  それを社交辞令と捉えられたのか「やめた方がいい」と言ってS氏は見せてくれなかった。 「それで、まだ彼らには会えていないんですか?」 「もし会えていたら、私は筆を置いているよ」  そう言ってコーヒーを飲むS氏は本当にそう思っているようだった。 「なんだか……それも残念な気がしますね」 「さて。これで私が小説家になった理由はおしまいだ。満足できたかな?」 「ええ。とても。ただ、これを記事にすることはないと思いますが……」  それでいい、とS氏は笑った。 「今更こんなことを書かれても困ってしまう。あなたの心の中にひっそりと収めてくれれば充分だよ」  それも少しもったいない気がする。そう私は思っても「そうします」としか言えなかった。
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