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夜明け前。
ギシギシと音を立てて回る古い風車の塔を、彼女は軽々と登っていく。屋根の上に立つと、まだ暗い水平線が街並みの向こうに遠く見えた。空が白んできて、遠い海から運ばれる冷たい風を頬に感じながら、彼女はそこで笛を吹く。それが彼女の仕事だった。
彼女がその仕事を始めたのは、まだほんの数年前。幼い頃から、両親がこうして笛を吹くのをずっと隣で聴いてきた。初めて笛を吹いた時はとても緊張して、父が隣で一緒に吹いてくれていたっけ。どうしたらいいのかわからなくて、ただひたすらに両親の吹く音を真似していた。
一度、気になって聞いてみたことがある。
「どうして、笛を吹くの?」
「この笛はね、私達の家に代々伝わる大切な笛なの。あなたのお祖父さんもお祖母さんも、みんなこの笛を吹いてきたのよ」
「この笛の音が、この街の皆の朝を護っているんだよ」
「ふぅん……」
水平線の向こうが明るくなり始めた。
朝がやってくる。
冷たかった風が、フッと軽くなって全身を包む。それにつられて、笛の音も明るく音を増す。
今よりもまだ、ずっと幼かった私。
あの頃の私には、あの言葉の意味がわからなかった。
けれど、今ならわかる気がする。
父や母が、どうして欠かさず笛を吹いてきたのか。なぜ、私の家に代々この仕事が受け継がれてきたのか。
私は、この笛の音は、この街の朝を護っているのだ。
他の何でもなく。
水平線から昇る太陽に目を細めながら、たしかにそう思った。
だから、私は笛を吹く。
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