それは、近くて遠く、甘くて痛い

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*  私は周の大失恋を知っている。ぼろぼろになった周のフォローをしたのは私だった。それに、周が今まで付き合った子も全て知っているし覚えている。  私も最初の頃こそ一途で純粋で、報われなくともこの想いをとことん貫こうとなどと思っていたが、そのうち実らない恋のためにせっかくの人生の若い頃を棒に振るのも馬鹿馬鹿しいと何人かの男性と付き合った。それも周は知っている。もちろん私のように覚えてまではいないだろうけれど。  お互いの恋愛遍歴を全部知っていて、いまさら、二人で恋愛しましょうなんてできるわけがないのだ。  そんなことが今になって起こるなら、とっくの昔に私たちは恋愛関係になっていたはずだ。  男女の間に友情が成立するのかと言われたらきっと成立するのだろう。  少なくとも周の中では立派に成立している。 「たまには、亜紀も酔いつぶれたら可愛いのに」  何杯目かわからない飲み物の注文をした時、周が言った。  自慢するほどのことではないが、私はお酒だけは強い。周とも数えきれないほど飲む機会はあったけれど酔いつぶれたことは全くと言っていいほどない。つぶれた人を介抱するどちらかと言うと損な役回りだ。  しかし一度だけ、意識がなくなるまで飲んだことがあった。大学時代のことだ。  周がずっと好きだった先輩とつきあうことになった時で、もちろん周のいないところでの話なので周は知らない。  目が覚めたら、私は友人のタケの部屋に運ばれて寝かされていた。大泣きして大暴れしてそれは大変だったとタケは今でも時々私に言って脅すが、彼の汚部屋ぶりは有名で、そんなところに寝かされた自分こそ被害者だと思っている。思い出すだけで体がかゆくなる。 「ごめんね、可愛くなくて」  本当に私は可愛げのない女だ。残りを一気に飲み干して空になったグラスを置いた。  ビール一杯で酔ってしまえたらどんなにかいいと思う。酔った勢いでしかできないことがたくさんある。  もちろん、全てを失うリスクもあるけれど。 「でも、相手が好きな男の人だったらちゃんと酔ったフリするよ。一人で帰れないーとか言って甘えてみたり」  昔、自棄になっていた時に何度か使った手を披露してみた。私にだって、女らしい、可愛いらしいところを見せることもあるのだとささいな抵抗だ。 「俺には甘えないの?」  周は至極真剣な顔つきでこちらを見た。  こういう類の誘惑に何度期待し、惑わされたことかわからない。  もちろん周にその気はないので、私はいちいち過剰に反応しない防衛術を既に身につけている。 「周と一緒の時につぶれたら、その辺に放置して帰りかねないもん」  今日もさらりとかわせたはずだ。  たまには私からドキリとさせてやりたいと思って言ってはみるけれど効果の程は全くなく、結局やられっぱなしで終わる。 「さすがに俺、そこまで非道じゃないし。タケでさえ亜紀を介抱したんだからさ。てか、あんな汚い部屋に連れてかれても嫌だけどな」 「やだ、知ってたの? もう忘れてよ。汚点なんだから」 「汚点だからこそ、未来永劫しつこく覚えておくんだろ」  笑いながら周がカウンターの中の板さんににごり酒を注文した。それを韓国焼酎で割って飲むのが私たちのお気に入りなのだ。  口当たりがよくて美味しい。しかし、なんせ強い酒なので酔いのまわりが早く、私と周はそれを『禁断の酒』と呼んで、ごくたまに、特別な時にしか飲まない。
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