それは、近くて遠く、甘くて痛い

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亜紀(あき)、暇してんだったら飲みに行こうよ』  雨の日曜日。昼下がり、(しゅう)から電話があった。  周は大学時代の同級生だ。もう十年来のつきあいになる。  と言っても、その年月は恋人として付き合ったものではない。私と周の間にあるものは、完全なる『友情』だ。  社会人になり、学生時代のように毎日顔をあわすことがなくなっても、月に一度か二度、こうして予定が会えば飲みに行き、近況や愚痴や他愛もないことを話し、明るく笑って、またねと別れる。  ベランダのカーテンを引き、外を見上げた。グレーの空から降る幾筋もの透明の雨は当分止みそうにない。  明日は月曜日で仕事だし、足元も悪いし、本当なら外に出たくはないのだが。 「オッケー。六時にいつものお店でね」  ムードや色気とは程遠い、行きつけの小料理屋を指定して、通話を終える。  こういうのをまさしく惚れた弱みというのだろう。  何を着ていこうかと考えて、おでかけ服のレパートリーが少なくなっていることに気づく。  先週も周と飲みに行った。先々週も一緒に映画を観に行った。  最近は彼女がいないらしいので、おおよそ私で暇つぶしと言ったところか。  同じ服を着ていくのは乙女心として嫌だ。もちろん周は、私が何を着ていたかなんて覚えてはいないだろうけれど。  早めに出かけて買い物でもしようと、洗面所へ向かう。  逸る気持ちに気付かないふりをすることにはすっかり慣れてしまった。勝手で過剰な期待は完全に空回りをして無駄になる。  私と周の間にあるものは、確かに『友情』。  そう思い知るのに十年かかったと言えば、周は笑うだろう。
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