それは、近くて遠く、甘くて痛い

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「え? 『禁断』に手出すの?」 「だって、誕生日だし。亜紀もつきあえよ」 「私を酔わせてどうする気よ? ちゃんと連れて帰ってくれるの?」  じろりと隣を見遣る。 「……連れて帰るよ、ちゃんと」  答えるまでに妙な間があったので、なんだか調子が狂ってしまった。  酔った頭をぐるぐる回転させて、切り返す言葉を探していた時だった。 「俺ん家に連れ込んで、亜紀を俺のものにする」 「……な、何言ってんの。……周ってば彼女いなくて寂しいんでしょー? だから私って、そんなのって……」  泳いでしまった視線がカウンターの上で握られていた周の手に留まる。きつく拳を握り、そして僅かに震えていた。  向こうのテーブル席から酔っ払いの大きく笑う声がする。 「……周、もしかして本気で言ってる?」  十年間、ちゃんと『友達』だったのだ。いつもの周でないことも、本気かそうでないかくらいわかる。 「亜紀が俺のことを友達としてしか見られないってよくわかってる。こんなこと言うと、今までのように友達でいられなくなる覚悟もしてる。でも、全部失う覚悟で今日は来た」  周の顔が見られない。冗談なら、早く言ってほしいけれど、そんな冗談は、さすがに今の私には冗談にならない。防御壁といっても見てくれだけで実際はガラスの壁だし、この恋心だって必死に友達レベルにまで押し戻している状態なのだから。 「今更って思うだろうけど、俺ら絶対上手くいくと思う。俺は亜紀じゃないと、ダメだ」  なんとか顔を上げて見た周の顔は、真っ赤で、しかし、ひどく思いつめたものだった。  思わず涙が滲む。もしかして、周も私と同じように、必死に友達のフリをしていたのだろうか。あてつけではなく、不毛な恋に決着をつけるために恋人を作ってみたり、その話を平気なふりをして聞いていたり、告白じみたことを冗談っぽくしか言えなかったり、それを冗談としてしか受け取らないようにしていたり、相手が自分を友達としてしか見てないと思いこんでいたり。  周との過去を明るい視野で見てみれば、明るく辻褄が合うような気がした。 「酔った勢いで連れ込むなんて、そんなの嫌だよ……」  私は持っていたお箸を小皿に置いた。 「でも、今更恥ずかしいっていう気持ちもわかるし」  周の握られた左手に、私の右手をそっと並べてみた。不自然に少しだけ触れ合った側面が妙に新鮮で、ぎこちない。 「今度の私の誕生日、可愛く酔いつぶれるフリするから、連れ込んで周のものにしていいよ」  いつからか同じ気持ちで、ずっと同じことを思って隣にいたのだろうか。 「私もずっと周のものになりたかったから」  カウンターに所狭しと置かれたグラスや皿に紛れるように私の手に周の手が重なる。  手が熱い。胸が痛い。  私の誕生日まで、その日はもう待てそうになかった。 終
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