これは、近くて遠くて、切なくてずるい

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* 「東京に来て、大学生になったら彼氏できると思ってたのにな。なんでできないのかな……」  酒が回りはじめたのか、一通り食べ終えたところで沙月が机に突っ伏してぼやき始めた。  空になったグラスに焼酎をついでやる。 「そんなに焦る必要ないじゃん」 「焦るよー。だってもう三年だよ! いつの間にって感じだよ。就活も始まって、遊んでる場合じゃないのに。あーあ、もう二年も無駄にしちゃった……」  沙月とは中学からのつきあいだ。  高校を卒業し、地元を離れて東京で大学に進学した今も、学校こそ違えどくされ縁とも言うべき嬉しい縁は続いている。  いつからか沙月へ特別な感情を持ち始めたけれど、その時にはすでにしっかりと一番仲のいい異性の友達という関係がどうしようもなく出来上がっていて、俺にはそれを壊してまで先に進む勇気がなかった。 「合コンとかしてもさ、ウチの大学はチャラいのばっかなの。新の学校は真面目な人、多いでしょう? いいなぁ」 「真面目な奴がいいの?」  沙月は一瞬考えて、うんと頷いた。 「新みたいな人がいい。真面目で、優しくて、落ち着いてるの。……新が彼氏だったらいいのになぁ」  そう言う沙月の瞳はとろんとしてグラスの中の氷を見つめていた。  遠回しな告白ともとれる発言だが、これはいつものことで、その言葉には表も裏も駆け引きも、何の他意もない。ただの言葉だ。俺ではなく、『俺』のような彼氏が欲しいらしい。  沙月は、友達フィルターと恋人フィルターを同じくできる器用な女ではなかった。  それでも、そこに何か希望めいたものを見出そうと考えあぐねている俺に、沙月は今度こそ視線を俺に向けて言った。 「なんてーね」  そう言って冗談に流す沙月の顔が無邪気すぎて、邪な自分が恥ずかしくなる。  男女の間に友情は成立するかと言われれば、成立しないと思う。成立すると言うなら、それはきっとどちらかが友情を無理矢理に成立させているに違いない、俺のように。 「ねぇ、新はなんで彼女つくらないの? モテるのに。私の友達もみんな、新のこと、いいって言ってるよ」 「……なんでかなぁ」  笑って受け流す。若干、変な笑顔になっていたかもしれない。  こういう時の返事が一番困る。もちろん答えは沙月が好きだからなのだけれど、それを言えるわけもないし、下手に理由をつけると余計に質問攻めに遭うのだ。嘘をつくのは、上手くない。  沙月はしばらく黙ってなにか考えていたが、やがて沈んだ顔で予想もしない言葉を口にした。 「……私がいるから、だよね」 「え?」 「私がいつまでもこうやって新のお世話になって、ここに上がり込んでるから。そんなんじゃ彼女作れないよね」  沙月が原因であることは正解なのだが、方向性は違っている。 非常に有難迷惑ないらぬ配慮だった。 「新のためにも、私、頑張って早く彼氏見つけるからね」  そう意気込む沙月に、精一杯で笑った。 「ゆっくりでいいよ、俺はべつに迷惑じゃないから」  
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