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どこまでも澄んだよく通る声だった。どこか知らないところへと落ちていく意識が、途端に引き上げられる。
「誰かがいろっち先輩にそう言ったんですか!? あなたに、生まれてこなければよかったなんて言った人がいたんですか!? そうじゃないでしょ!? たとえそんなヤツがいたとしたら、水瀬が殴りにいってやりますよ!」
小柄な彼女と同じくらいの高さで目が合う。幼い姿にならなければ、刹奈とは同じ世界を見ることができない。今初めて、彩羽は刹奈が見ているものを少しだけ覗き見た気がした。
どうして、君が泣くんだ。
己の目からは、何も零れないと言うのに。
「水瀬は! いろっち先輩と出会えてよかった! あなたが居るから、あたしはこんな体質でも楽しい生活を送れるようになった! いろっち先輩だけじゃなくて、ゆづっち先輩たちも、みんなが居るから!」
刹奈は自らの溢れんばかりの思いを押し込めるように、一度深呼吸をする。
「……水瀬は、みんなが大好きです。同じ時を生きていられて良かったって、いつも思ってる」
輝かしい黄金の瞳から、透明な雫がいくつも零れ落ちた。
「みんな、いつも水瀬を守ってくれて、一緒に戦ってくれる。同じ痛みを分かち合ってくれる。だから、水瀬はみんなのことが好きです。一緒に生きててくれてありがとうって、いつも……」
そこで、刹奈に柔く抱きしめられる。普段なら異性に抱きしめられることなど震えるほど嫌であるのに、今はどうしてか心地よい。温かくて、優しくて。何もかもが許されてしまうような温もりが、そこにあった。
「……だから、生まれてきちゃいけなかったなんて、言わないでください」
パキリ、と空間にヒビが入る音がする。甘い夢が終わる気配がした。
生温くて浸っていたいこの魅力的な空間が、たった一人の少女の言葉によって崩壊していく。
「……いろっち先輩、あたしと一緒に現実を生きましょう。悪夢になんか囚われないで、みんながいるあの世界で。だってあたしたちは、ちゃんと生きてるんだから」
天井が小気味いい音を立てて割れた。
それは、夜明けにも等しかった。眩い光が頭上から降り注ぐ。それと同時に、しとしとと雨が降ってきた。
気づけば、彩羽は元の大人の姿に戻っている。腕の中には、たった一人の後輩の少女が収まっている。
花と血と、くすんだにおいが混ざり合う中で、温かなその体をただ抱きしめていた。
「……ありがとう、水瀬さん」
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